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Thu, 28 March 2024

第60回 女性蔑視のレイプ殺人犯の証言は上映すべきか否か

女性蔑視のレイプ殺人犯の証言は上映すべきか否か

「まともな女なら夜の9時には出歩かないだろう」「レイプは男より女に原因がある」「抵抗せずに黙って犯されれば良かったんだ。そうすれば生きて帰れた」。

2012年12月、インドの首都ニューデリーでチャーター・バスに騙されて乗った女性(当時23歳)が6人組の男に集団レイプされ、死亡した。死刑判決を受けた被告の一人がBBCのドキュメンタリー映画「インドの娘」で女性蔑視の発言をして、再び世界に衝撃を与えた。被告は顔色一つ変えず、女性は男性に犯され、逆らえば殺されるのが当たり前と淡々と言ってのけた。

男女平等と女性の社会参加を選挙で訴えたモディ首相率いるインド人民党(BJP)政権は「映画のシーンは女性に対する暴力を奨励し、刺激しているように見える」「未編集のインタビューを当局に見せると約束していたのに、そうしなかった」ことを理由に、「国際女性デー」の8日にインドでも放送される予定だったドキュメンタリー映画のインド国内での上映を差し止めた。

英国では4日に放送されたこの映画は録画され、動画投稿サイト、ユーチューブに違法にアップされた。親会社のグーグルはインド当局の要請を受け、インド国内からはアクセスできないよう遮断。インド・アーグラでは同映画の上映会を開いた主催者が逮捕された。

「BBCのドキュメンタリー映画はインドを貶める白人至上主義の押し付け」という保守層の猛烈な反発がインド国内にはある。英メディアは「問題を直視することが根本的な解決につながる」(「タイムズ」紙)とドキュメンタリー映画の上映をモディ首相に求め、米メディアは「放送差し止めはとんでもない考えだ」(「ニューヨーク・タイムズ」紙)と厳しく非難。米ニューヨークでは人気女優メリル・ストリープさん、インドのスラム街を舞台にした映画「スラムドッグ $ ミリオネア」のヒロインを演じたフリーダ・ピントーさんもインド国内での上映を求めた。

 

被害者のジョティ・シンさんは理学療法士を目指しており、両親は先祖代々の土地を売って娘の学費に充てた。ジョティさんも両親を助けるため午後8時から午前4時までコール・センターで働き、睡眠3~4時間で学業に勤しんだ。最終試験も修了し、事件当日は翌日からインターンシップが始まるため、息抜きに男友達と映画「ライフ・オブ・パイ / トラと漂流した227日」を観に出掛けた帰り、事件に巻き込まれた。男友達はバスの中で6人組に鉄棒で殴られ、集団レイプされたジョティさんはあまりの暴行に内蔵の一部が外に飛び出していた。6人組は酒にひどく酔っていた。

瀕死のジョティさんはシンガポールにある最先端の設備を持つ病院に移送されたが、事件から13日後に死亡した。「もうすぐ医者になれる」と目を輝かせていた娘は「お母さん、迷惑をかけてゴメン」と言い残して息を引き取った。

 

娘の教育に力を入れたジョティさんの家族はインドではまだ稀有の存在だ。多くの場合、女性は価値のない存在として扱われ、生前診断で女子と判明すれば中絶されることも少なくない。レイプだけでなく、家庭内暴力、硫酸攻撃、結婚持参金が少ないとして花嫁が虐待を受ける事件も日常茶飯事だ。

インドは経済成長とともに急激な変化を遂げ、この20年間で働く女性の数は倍増した。しかしその一方で深刻な貧困問題が残る。6人組はその日の食事すら事欠く家庭に生まれ、満足な教育を受けていなかった。インドの女性は20分に1人の割合でレイプに遭っている。12年にニューデリーで706件のレイプ事件が報告されたが、有罪判決が出たのはジョディさんの1件だけだった。

ジョディさん事件の翌日には大規模な抗議活動が起きる。多くの女性がレイプにビクビクしながら働きに出ていたからだ。事件が発端になり警察には女性のヘルプラインが設けられ、集団レイプに最低でも20年の服役が科されるようになった。レイプ事件の審理を早く進める法廷も新設された。しかし、女性蔑視の文化は一朝一夕にはなくならない。

ドキュメンタリー映画はインドだけでなく、日本を含め世界中で上映されるべきだと思う。人間の奥底で牙を剥く獣性を克服し、男女が平等に参画できる社会を築くことは人類普遍のテーマだからだ。

 
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