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Fri, 29 March 2024

「労働者の党」になった保守党―生活賃金は吉と出るか

保守党の年次党大会で次の首相の座を狙うオズボーン財務相、メイ内相が肩幅より広く両足を広げて立つポーズを見せ、「米女性シンガー、ビヨンセを真似している」と冷やかされた。メイ内相は英国に押し寄せる不法移民を迎え撃つためファイティング・ポーズを取っているように見えた。キャメロン首相の右腕オズボーン財務相は、経済・財政政策をめぐる党内の批判をはね返すように「さあ、来い」と仁王立ちしてみせた。

18年ぶりの単独政権樹立を受けて行われた7月の予算演説で、オズボーン財務相は来年4月から25歳以上の労働者を対象に1時間当たり7.2ポンド(約1323円)の法定生活賃金を全国一律に導入し、2020 年までに9ポンド(約1654円)に引き上げると表明した。生活賃金とは衣食住をまかなえ、人並みの生活ができる賃金のことだ。しかし法的に拘束力を持つ生活賃金を導入すると、逆に小さな企業が雇用を手控え、景気回復の足かせになると労働党でさえ手が出せなかった政策だ。それだけに大きな波紋を広げた。

最低賃金を政府に勧告する独立機関・低賃金委員会のノルグローブ議長は党大会に合わせ、「フィナンシャル・タイムズ」紙のインタビューに応じ、「10月から最低賃金が時給6.7ポンド(約1231円)に引き上げられるが、小さな会社に大きな影響が出るだろう」と反撃の狼煙(のろし)を上げた。法定生活賃金の導入について低賃金委員会に事前の相談はなく、連絡があったのは予算演説の2 ~3日前だった。議長の言葉の端々には明らかに怒りがにじんでいた。

 

最低賃金でフルタイム働いても人並みの生活はとてもできない。その差額を埋めるため、政府が手当を支給する「タックス・クレジット」と呼ばれる制度が英国にはある。働いていない人に就労を促すインセンティブになる側面もあったが、世界金融危機以降、労働者の賃金を低く据え置く企業の活動を事実上、政府がタックス・クレジットで下支えする状況が続いてきた。景気回復と原油価格の下落もあって実質賃金がようやく上昇に転じたのを見計らって、オズボーン財務相は大きな賭けに出た。批判はある。法定生活賃金を導入する一方でタックス・クレジットを削減するオズボーン財務相は、18歳以上の住民が一律に支払う人頭税(ポール・タックス)の導入で失敗したサッチャーと同じ轍(てつ)を踏むという声も上がる。しかし保守党は福祉ではなく賃金で働く者に報いる社会を目指すという未来を描く。

FT紙や日経新聞などの経済紙やエコノミストは最低賃金の引き上げには否定的だ。大手スーパーのテスコは2020年までに5 億ポンド(約917億円)のコスト増になると悲鳴を上げる。テスコを含む大多数のスーパーでは自動精算機が導入されている。従業員の労働生産性を高めるためだ。清掃、宿泊・接客など最低賃金で働く単純労働者の生産性を高めるのは難しいという現実もある。しかしオズボーン財務相は法定生活賃金の導入で6万人の失業者が出るかもしれないが、全体で100万人の雇用増になると強気のシナリオを抱く。時給9ポンドは英国における賃金の中央値の60%に相当し、380万人が対象になる。企業規模が小さくなるほど最低賃金で働く労働者の比率は高くなり、昨年10月時点で10人未満の会社では12.2%、250人以上の会社は3.8% だった。

 

強欲なバンカーが引き起こした金融危機と経済危機を克服するため膨大な税金が投入され、何の咎もないのに割りを食ったのは福祉や賃金がカットされた低所得者層だ。その後の英中銀・イングランド銀行の量的緩和で不動産や株式を持つ富裕層の資産は膨れ上がった。グローバリゼーションとICT (情報通信技術)の進展で賃金はずっと下方圧力を受けている。英国では民間消費が国内総生産(GDP)の65%を占める。賃金がインフレ率を上回って上昇しなければ消費は増えず、英国経済の好循環は戻らない。

2001年、市民団体「ロンドン・シチズンズ」が雇用者に生活賃金の支払いを求めて運動を始めた。メンバーの移民は賃金が低すぎて1日に2回働くダブルワークを強いられ、子供と過ごす時間も奪われたからだ。1200社以上が自主的に生活賃金を導入している。オズボーン財務相の挑戦はさて吉と出るか、凶と出るか。筆者は前者に賭ける。

 
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