蝉が鳴くには少し早いけれど、日中の気温が25℃を超えるようになり暑くなってきました。遊びに来てくれた友人たちとエスカレ・ビーチ(地中海のラクエン)ヘ行き、一泳ぎしました。
週末だったので、パーキングは真夏を思わせるほど満車の状態でした。つい数週間前までは上着を着ていたのが、ウソのように急に暑くなったものです。南向きの窓の雨戸は夕方まで閉めておいて、室内の温度が上がらないようにするほどです。
コルクガシの新芽は大きくなり、去年の葉っぱは茶色くなり、そよ風に吹かれパラパラ落ち始めました。家の庭にあるコルクガシも大量の葉っぱが落ちてしまいました。
コンポストへ行こうとして庭を横切ると、落ち葉の上をかカサッツ、カッサッツと何かが這う音がします。日向ぼっこしているトカゲが一目散で逃げる音ではなく、規則的な物音です。あれ、もうそんな季節かなと思っていると、飼い犬が植木の下のほうへ走って行きました。
やっぱり思った通り、モール山塊に生息する陸亀が2匹庭にやってきたのです。

庭の壁と植木の間に隠れ、甲羅干しをするカメ。
仏語でTortue d’hermann(日本語、ヘルマンリクガメ)と呼ばれるカメは保護動物で、フランスではモール山塊とコルシカ島にしか生息していません。カメが庭にやってくるようになって10年以上になります。
コンポストに捨てたメロンの皮を食べにやってきたのが始まりです。おそらく、真夏はえさの草が枯れてしまうからでしょう。いずれにせよ、毎日散水器で水をまく庭の芝に涼を求めてやってくるのは確かです。毎年、夏になるとカメが数匹コンポストの周りを歩いていたものです。身長15センチ以上の大きなカメもいました。
しかし、2・3年前から大きなカメの姿が見えなくなってしまいました。2003年の山火事の後、火災予防対策強化の一環で大きな木だけを残し、家の周りにあった木生ヒースの藪が刈り取られて、カメの隠れ処がなくなってしまったからです。あの大きなカメは捕獲されてしまったのでしょう。野生のカメの捕獲は禁止されていますが、それを知らない人が多いようです。
今年やってきたカメは家の近くで生まれたもので、推定年齢6歳です。人間の手の平ぐらいの大きさの頃、飼い犬がくわえてしまい、あわてて叱ったことを記憶しています。その時の痕が甲羅に残っているので同じ亀であることには間違いありません。

頭隠して…。甲羅の後ろの白い部分が犬に噛まれた傷跡。

スタコラ 、スタコラ。
コルクガシの落ち葉の上を横切って、足早に森へ脱出。
モール山塊の昔からの住人であるヘルマンリクガメの数は年々減少の傾向にあります。主な原因の一つは、人間がもたらした自然環境の変化です。丘や山の一部が整地され住宅や別荘が村の周りに建てられてしまいました。実は、私が住んでいるところも25年前までカメやイノシシの庭だだのです。私たち人間は、野生動物にとって侵入者であるという考えが脳裏をよぎります。
次に、南仏を定期的に襲う山火事がカメ生息数減少の要因の一つにあげられます。2003年7月と8月には、モール山塊が数百ヘクタールに渡り一週間燃え続けるとう大きな山火事がありました。人間でさえ懸命で非難するのですから、足の遅いカメが炎に囲まれ逃げ場を失うのはいうまでもありません。

カメはカメラを手にする私を一瞥して去っていきました。
夏はカメの繁殖期で、オリーブ畑のような日当りの良い耕作地に穴を掘り卵を産み付けます。雌カメはその穴に土をかぶせ、後はお日様に任せてしまいます。秋の好天が続いた後、カメの卵が孵化します。それには、7月の平均気温が22℃以上であること、一年の日照時間が2600時間以上であることが欠かせません。
夏の訪れと同時に、青い空と太陽の輝きを求めるのは人間ばかりではないようです。
反橋妙子(sorihasi taeko) 1980年に渡仏。仏語を学び、言語学修士号を取得。リヨンで日本語教師を経て、南仏に移転後は観光ガイドとして南仏を回る。現在、通訳・翻訳業を専門とする。 taeko3011.jimdo.com










