クローデルのように
書き続ける人生を送る
ユベール・マルタンさん
Hubert Martin
Président de Société Paul Claudel, Poète,
Président de Dorée Kami Club en France
| 肩書き | ポール・クローデル協会会長、詩人、ドレカミ倶楽部 フランス代表 |
| 経歴 | 1920年、マルセイユ生まれ。HEC(高等商業大学院)を経て、CPA (Centre de perfectionnement auxaffaires) にて法と経済学の博士号を取得。48年から2003年まで、フランスや外資系の銀行の重要なポストに就く。11年までの15年ほどの間、国際商工会議所の国家顧問。フランス・アメリカ協会会長だった数年前に、ポール・クローデルの家族と親交を持って以降、ポール・クローデル協会の会長を務める。 |
| 嗜好 | 昔から読書、オペラなどの音楽が好きです。 |
芸術や文学へ大きな関心をお持ちですね。
芸術は「世界共通言語」であり、文学や政治は「国ごとの言語」と言えるでしょう。確かなのは、芸術や文学は政治などと比べると、それらを通して人々との間に摩擦が生じにくい。たとえアジアとヨーロッパの音楽が異なっていても、それらを互いに音楽と認めることはできますが、政治や経済に関する見解の違いは対立を生みやすいものです。
歴史、小説、エッセイはもちろんですが、特に詩が好きです。詩は音楽的で夢を描くごとく、かつ俳句や短歌のように短く凝縮、統合された言葉によって、強い印象を与えます。私がポール・クローデル協会の会長を務めるほど彼に引かれるのには多くの理由がありますが、まず、彼は完ぺきで、人生のあらゆる瞬間を濃厚に過ごした人間でした。彼は重要な外交官で東京やワシントンなどのフランス大使館に勤めながら、執筆を欠かしませんでした。政治的立場から、彼は1929年の経済恐慌などを予想したほど先見の明がある一方、書いた詩劇は国内外で成功を収めるほどの詩人、劇作家でもあります。20年代、クローデルが在日フランス大使だったときには、日本文化は彼自身、そして執筆活動に大きな影響を与えました。
彼を尊敬する私も銀行に勤める傍ら常に書くことを続けていましたが、彼のようにはいきません。詩や小説は時間の空いたときに書くので、私にとって書くこととは休息です。
日本の女性を題材に小説を書いたのはなぜ?
2004年、ある日本女性に出会って以降、日本に関する歴史や小説などの書物を読みあさりました。日本文化に夢中になり、入り込むようになりました。初めて日本を訪れたのは2年前の春。日本人の国民性、技術力、創造・自然の美には感銘を受けました。
ある日本女性こと、Naomi B Sauvage Hatakeyama(畠山奈保美)との出会いでの最初の話題はクローデルでした。伝統文化の中で育ちながら、現代的な世界で獲得した彼女の持つ独特な文化や人柄に引かれ、この女性を題材に書きたいと思いました。そしてついに、現代の日本、日本女性の傾向を、彼女を通じて描いた小説「黄金の矢(La flèche d'or)」(Editions Aden, 2011)が完成したのです。その当時は一度も訪れたことのない日本という国の女性像を描くのに、彼女からじっくり話を聞き、小説に必要な具体的要素を得ることができました。
今後は?
著書「黄金の矢」の日本語訳の出版を考えています。また、主人公の畠山氏の創設したドレカミ倶楽部は、日仏文化交流の架け橋になる活動をしています。特に、東日本大震災後は芸術を通じて被災者の救援活動をしていることから、その趣旨に賛同し、「必要あらば役に立ちたい」とドレカミ倶楽部の主催するチャリティーコンサートなどへの協力も引き受けました。この活動を強く支援していきたいです。

ドレカミ倶楽部代表
畠山奈保美
©photo by Amano Yuko
« Art de Vivre » をテーマに活動している。楽器を震災で失った陸前高田市の高校生のブラスバンド部を支援するため、現在、必要な楽器、Eb(エス)クラリネット(小型)、ヴィブラフォン (4オクターブ)、ニューフォニュームを募っている(修理の要らない中古可)。小切手での支援も受け付けている。
宛先 : Hubert Martin ドレカミ倶楽部フランス会長
12 bis, av Raphaêl 75016 Paris
TEL : 06 06 73 72 31(パリ事務局長 日原知子)
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www.doreekami.com
TEL:06 60 26 33 16








