


ジャン=ルイ・バローは言った。
「コメディー・フランセーズは私の知る限り最も高潔で
仕事に厳しいプロの魂のみが支配している劇団である。
コメディー・フランセーズは我々(俳優)の
職業のエスプリそのものなのだ」。
(Texte : Kiyomasa Kawakita)
300年の始まり
コメディー・フランセーズのホーム・グラウンドは地下鉄パレ・ロワイヤル駅を出たところにある。奇麗だが知らなければそのまま通り過ぎてしまうような建物だ。オペラ座の豪華さとは比べようがない。他のパリの有名劇場に比べても表面の派手さはない。ところがいったん中に入ると、厚手の赤じゅうたんで、コンシェルジュとチケット売場窓口のある劇場ホールは高級サロンの趣。ぜいたくで洗練されている。隣にはフランス文化省、後ろは美しい回廊に囲まれた庭園、向かい側はルーブル美術館。建物前のオペラ大通りからオペラ座までは一直線。周辺の夜景は美しい。

Molière, portrait by Charles-Antoine Coypel (1694-1752) 別名「モリエールの家」。モリエール(1622-1673)は父親のじゅうたん屋を継がず、1643年に劇団Illustre Théâtreを旗揚げした。しかし当初、パリでは人気が出ず、得意の喜劇で13年間に及ぶ地方巡業をして評判を高める。その後、ルイ14世の弟、オルレアン公フィリップ1世の庇護(ひご)を受け、1658年、初めて貴族社交界を相手にパリで再デビュー。公演は大成功し、ルーブル宮殿通りにあった劇場Petit-Bourbonを与えられた。モリエールの死後、同劇場運営を任されたのはイタリア出身の大音楽家リュリー(1632-1687)だ。しかし、オペラ座も任されていた彼はモリエールの音楽芝居を嫌い上演を禁じ、劇団は消滅の危機に。継続を望む劇団員は1673年ゲネゴー通りの館で「人間嫌い」、「タルチュフ」とモリエール2作品を立て続けに上演。王室からの援助なしのまま王室劇団ゲネゴー座(L’Hôtel de Guénégaud)を名乗り旗揚げした。
一方、長い間モリエール劇団と人気を二分していた劇団ブルゴーニュ座(L’Hôtel de Bourgogne)もコルネイユの「ルシッド」などの悲劇を目玉に公演活動を続けていた。この2つの劇団をルイ14世が統合させ発足させたのが王立劇団コメディー・フランセーズである。そのため、同劇団は伝統的に悲劇と喜劇の流れを持つ。法令による創立制定日は1680年10月21日。コメディー・フランセーズとしての初演は1680年8月18日(ゲネゴー劇場)。およそ330年。歌舞伎の誕生が1603年であることを踏まえても、その歴史は多大だ。
歴史の波にもまれ
劇団創立後のフランス史を見渡しただけでも、フランス革命、ナポレオンの帝政時代、パリ・コミューン、第一次世界大戦、人民戦線内閣、第二次大戦、パリ解放とレジスタンス。戦後でも五月革命と呼ばれる1968年の大社会変革期があった。
フランス革命によってルイ16世がギロチンで処刑された後、一時劇団は王立からパリ市の管轄下に置かれる。しかし当時、俳優たちは貴族的プライドが強く、中には「商人である市長からの命令などには絶対に従わない」と反抗する者もいた。ちなみに、舞台の左右を「庭園側」、「中庭側」と呼ぶようになったのはフランス革命後で、王立の頃は王と后が座る席から舞台の左右を「王側」、「后側」と呼んでいた。
ナチスのパリ占領時代は人種差別政策で一部の俳優が劇団を追われ、パリ解放の時にはレジスタンス兵士となって銃殺された俳優もいる。劇場が野戦病院として開放されたことも数度あった。当然、政治や社会的事変だけでなく、幾度となく芸術・文化的闘争を経てきたコメディー・フランセーズは、文字通り歴史の風雪を潜り抜けてきたのだ。国民性と表裏一体となった文化の生命力のすごさでもある。
現在の管轄官庁は文化省でフランス共和国国立劇団である。経営の基盤は国の助成金。2009年は2400万ユーロだった。
フランスの顔を支える人々
日本では映画「天井桟敷の人々」(45)の名優ジャン=ルイ・バローや天才女優サラ・ベルナールが有名だが、その他にも多くの名優を輩出している。俳優の才能を最大限に引き出す仕組みと底力をこの劇団は備えていると同時に、俳優には日頃の修練と高い自己管理能力が求められる。
フランス語の最も奇麗な発音の基準はコメディー・フランセーズにあるといわれており、舞台上で俳優が語るせりふはフランス語のアクセント、音感をしっかりとマスターしたもので実に美しい。
劇団の最高責任者はフランス大統領に直接任命される。仏国籍を持つ劇団外の著名演出家が抜擢(ばってき)される場合が多い。それと並び、ベテラン俳優から選ばれた劇団俳優の総代表(Doyen)が1名いる。劇団の所属俳優は10年契約の正座員(Sociétaire、現在23名)と、1年ごと契約更新の準座員(Pensionnaire、現在37名)に分かれる。俳優以外にも、専属の照明や音響の技術者、衣装係、看護師、広報、劇場案内嬢なども抱える総勢400名の大組織だ。
劇団の俳優として採用されるには幹部の推薦が大きくものをいう。国立高等演劇出身者でなければならないといった資格や免状は必要ないので、原則的には日本人でも入団可能。商業的な小劇場活動で目を付けられ引き抜かれた例もある。
準座員から正座員に昇格するには劇団内の委員会(1年交代で選出される正座員6名と最高責任者、俳優総代表で構成)の審査を通らなければならない。劇団の構図は明確で、準座員が正座員より上の役をやることはあり得ない。王立時代の階級性が今も色濃く残っている一面だ。
団員の給与は公演ごとの契約ではなく月給制である。日々の生活が保証されるかわり、公演が大ヒットしたからといって大入り袋のような余得を手にすることはない。現在のギャラは、正座員が月給3500ユーロ+ボーナス1カ月分、さらに1公演出演するごとに100ユーロが与えられる。準座員は2000ユーロだ。
劇団員が外部と仕事をする場合は休暇を取らなければならない。ただし規制があり、公立劇場への出演はOK、私立劇場の場合、地方の劇場には立てるがパリ市内はNGである。そうはいっても、俳優生活が安定することとフランス演劇のエリートであることは大変な魅力だ。
シーズンは毎年9月上旬から翌年7月末まで。2009年度の公演数は729回、観客動員数は33万4720名である。
上演作品は専門家により構成された特別委員会が合議で決定する。劇団の方針には文化省の意向もあるから内部の権力関係は複雑だ。
上演作品のレパートリーはなんと3000本。目玉の古典劇で上演数の多いものはラシーヌ、モリエール、コルネイユ、ボーマルシェなど。現代劇ではポール・クローデル、ジャン・ジュネ、サルトル、カミュなどの作品がある。公演ごとの稽古(けいこ)期間は2カ月から4カ月間。最高峰の俳優、スタッフ、演出家が日々洗練された舞台を作り上げている。
夏のバカンス期を除き舞台は一日中フル回転。朝8時から前日の公演の舞台装置をバラし、13時から17時までは舞台稽古のための仕込み。次にそれをバラして、夜の公演のための舞台装置をセッティング、公演終了後、夜中に照明の調整をする。

photo Cosimo Mirco Magliocca
有望な中堅女優で正座員のフランソワーズ・ジラーに劇団での生活を聞いた。
「朝9時から13時まで劇団提携のラジオドラマ収録。午後は稽古して、20時30分から公演。食事は仕事の2時間前には済ます。食べ物もすごく注意しているし、ジム通いも欠かさない。週1回はボイス・トレーニング。ストイックで、まるで僧院で生活しているようだと思うこともあるわ」
公演でトップクラスの高級オートクチュールの服を着ているので、普段はシンプルな服装が好きだという。
劇団を支える3つの劇場
同劇団はサンジェルマン・デ・プレ広場の近くにThéâtre du Vieux-Colombier (300席、助成金190万ユーロ)とルーブル美術館近くにStudio-Théâtre(136席)という直属の小劇場を持っている。Vieux-Colombierは現代劇の小作品、Studio-Théâtreは朗読会が中心。両小劇場は共に良い舞台で新鮮な発見はあるが、コメディー・フランセーズのだいご味を味わうならやはりホーム・グラウンド、パレ・ロワイヤルにあるSalle Richelieuだ。
Salle Richelieuは1786年から1790年にかけて建設。それまではオデオンにあるオデオン座劇場を拠点にしていたが、火災のため1799年に移転した。客席数は860席。値段が高い席はParterre(平土間)とCorbeilleの階(日本では2階にあたる)で平均35~37ユーロ、最も安いのは最上階の天井桟敷席で平均5ユーロ。だたし、ここからは舞台が半分しか見えない。全館、じゅうたんも壁布も赤。赤色統一は1830年からで当時のロマンシズム流行の影響によるもので、それまでは緑と青だったという。
劇場1階階段の踊り場には悲劇と喜劇の女神の彫像。2階の廊下奥にはモリエールが公演中に倒れ死んだ時の椅子がボロボロだがガラスケースの中に置いてある。同劇団が長く続いている理由は、伝統を大切にしながら時代に合わせ巧みに新陳代謝を怠らないで来たことにあるといえるだろう。
今シーズン注目作
Mystère bouffe, photo Brigitte Enguérand
最後に今シーズン後半に上演される作品から注目作を上げる。新レパートリーで初演のものでは、スペインの新鋭アンドレ・リマ演出のシェークスピア劇「ウィンザーの陽気な女房たち」(5月2日まで)、イタリアの巨匠ダリオ・フォーが自作を演出する「Mystère bouffe」(6月19日まで)、イタリアの鬼才ロンコニー演出によるアリストパネスのギリシャ喜劇「鳥」(7月末まで)、フランスの気鋭アラン・フランソン演出、アントン・チェーホフ作「三人姉妹」(7月末まで)。さらに再演作品としては、ジャン・ピエール・バンサン演出、アルフレッド・ジャリ作「ユビュ王」(7月末まで)が見ものだろう。
Salle Richelieu
Pl Colette 75001 Paris
M:Palais Royal-Musée du Louvre①⑦、 Pyramides⑦⑭
TEL:08 25 10 16 80
Théâtre du Vieux-Colombier
21, rue du Vieux-Colombier 75006 Paris
M:Saint-Sulpice④、Sèvres-Babylone⑩⑫
TEL:01 44 39 87 00
www.theatreduvieuxcolombier.com
Studio-Théâtre
99, rue de Rivoli 75001 Paris
M:Palais Royal - Musée du Louvre①⑦
TEL:01 44 58 98 58
www.comedie-francaise.fr
▲ |