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新春特別インタビュー 桃井かおりさん
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桃井かおり Kaori Momoi
女優、映画監督 東京都出身。12歳より3年間英国ロイヤル・バレエ・アカデミーに留学し、その時に演劇に目覚める。高校卒業後、文学座付属演劇研究所の研究生となる。1971年、「あらかじめ失われた恋人たちよ」で映画デビュー。以後、映画、テレビ、舞台CMなどで活躍し、日本にとって重要な女優としてその地位を築く。近年は「Mémoires d'une geisha(SAYURI)」 (05)、「Le Soleil(太陽)」(05)など、女優として世界に活動の場を広げている。また2006年に初監督に挑戦した「無花果(いちじく)の顔」は、ベルリン国際映画祭(NETPAC賞)、フリブール国際映画祭(審査員特別賞)、フライング・ブルーム国際女性映画祭(審査員特別賞)、ウラジオストック国際映画祭(最優秀監督賞、最優秀女優賞)など多くの国際映画祭で高い評価を得た。その他の主な出演映画:「青春の蹉跌」(74)、「竜馬暗殺」(74)、「幸福の黄色いハンカチ」(77)、「男はつらいよ翔んでる寅次郎」(79)、「もう頬づえはつかない」(79)、「神様のくれた赤ん坊」(79)、「ええじゃないか」(81)、「木村家の人びと」(88)、「TOMORROW/明日」(88)、「ファザーファッカー」(95)、「武士の一分」(06) 初めてのパリ 桃井さんが初めてパリに訪れたのは1987年、ドキュメンタリー番組の仕事で2カ月間に及ぶアフリカ1万キロ縦断の旅の直後だった。それまでの価値観を変えさせるほどの過酷かつ濃密な旅を終えた後、彼女はトランジット先のパリにとどまる。 「2カ月の旅の間に、すっごく汚くなっていたんです。 爪の中に砂がたまっていて、ハサミで切って砂が出なくなったら日本に帰ろう、そう思ってパリに滞在しました。洋服もアフリカであげてきちゃったので、本当にTシャツとカーディガンとジーンズだけ。スタッフの方は良いホテルを取ってくれていたのですが、とにかく日本人に会う気持ちになれなくって、簡素なプチホテルにひとりで滞在しました。最初のうちは着る服もないので、夜に洗って乾くまでずっと部屋の中にいる生活。アフリカの余韻もあって、数日はボーっと過ごしていました。でも、そのうち服を買ったり美容院に行ったり、少しずつ文明圏の人間らしくなってきて。ある日、映画を観たいなと思い映画館に足を運んだのですが、『映画ってすばらしいな』と思いましたね」 滞在中、彼女はマルシェで食材を買い、カフェに通い、パリにとけ込んでゆく。 「フランス語は全然分からないけれど、ワインはヴァンとか、赤はルージュという言葉をカフェで教えてもらいながらワインを飲んだり。どうしてもミルクが欲しくなって、でもミルクってフランス語で何て言うのか分からない。『ミラシオン?』とかフランス語っぽく考えて言ってみるんだけど全く通じない。いろいろ考えてみて、『そうだ! カフェ・オ・レってあるじゃない。きっと“レ”だわ』って。そのように私のパリが始まったんです」。 日本人とフランス人 以来ずっと、現在でも頻繁にパリを訪れている桃井さん。地下鉄に乗り、街を歩き、好みの店も自分の足で見つけている。そんな彼女の目に映るフランスとは? 「パリは街並みも雰囲気も好きです。また、日本人×フランス人ということに関して明快なイメージがありますね。日本でうまく生きていける人というのは、うなずきの上手な人。何か意見を言ったときに『そうね』とうなずく人。でも私は『そうね』って言わないんです。『えっ?どういう意味?』とか『なぜ?私はこう思う』って言ってしまう」 それはまさしくフランス人!そう彼女に告げると、「そうなんです。だから、日本ではすごく嫌われてきたんですけどね」と微笑んだ。 「私はフランス人のそういう調子良くしないところ、自分の意見は自分の意見、相手の意見は相手の意見、そして互いの意見を言い合うのが普通の関係だと考えているところがとても心地良いし、合うんです。それに物事をきちんと深く考えるでしょ。カフェなどで目にするのですが、学生らしき若い人が年上の人とちゃんと会話している光景もいいなって思いますね。会話まで聞こえてこなくても、自分の意見を言っているのは明らかに分かる。そのときの大人の態度も若者の態度もとってもいいんです」。 フランス人だからこそ観てほしい フランス人に親近感と敬意を覚える桃井さんは、「もしも自分が自信を持てる作品に出演したときは、ぜひフランスの人たちに観てほしい」そう願ってきた。日本映画史における彼女の活躍は言わずもがなだが、近年、桃井さんは活動の場をより広げ、世界の映画人とのコラボレーションも意欲的に取り組んでいる。例えばロシア人監督アレクサンドル・ソクーロフの「Le Soleil(太陽)」(05)は、フランスでのヒットも記憶に新しい。 「以前フランスで仕事をしたときに、こちらのスタッフの方たちが「Le Soleil(太陽)」のことを話してくれたんです。この映画は本当にフランスの人たちに観てほしいと思っていたから本当にうれしかったのと同時に、フランス人の「美意識」、「感じ方の高さ」 に惹かれました」。 そして、「そんなフランス人たちに観てほしい」と願ってきた彼女の初監督作品「無花果(いちじく)の顔」が、昨年フランス各地で開催された日本映画祭 「Kinotayo」で上映された。 「『無花果の顔』はぜひパリで上映したい、と思っていました。ベルリン映画祭でも『パリで上映してほしい』とずっと言っていたくらい。だから本当にうれしかったです。この映画は普通じゃない仕掛けをたくさん入れているので、苦手に感じる人もいると思います。けれど、この映画を感じ取ってくださる方が半分でもいれば相当すばらしいです」。
人生は“今の連続” 長きにわたり、女優としてさまざまな映画に携わってきた桃井かおりさんが初監督作品に取り上げた題材は“日常”だった。「無花果の顔」はカラフルな色彩の中、何がなんでも生きようとする母とお尻の重たい娘の、少し奇妙な日常を描く。 「映画という媒体はプレイバック出来ないところが良いのです。パッと現れパッと消える、アタマでは見られない、感じたものが残って初めて次が成立する媒体。だからこそ今しか見られないという集中力で観客がかじりついてくるのだと信じています。また人生は“今の連続”。過去も未来も、今という時のつながりであり、生きているということはそこにただ日常があるということ。そして死は、突然テレビのスイッチを消すように日常の画面がなくなるということだと考えています。そしてそれは映画という媒体にすごく合っているんじゃないかと思ったのです。それともうひとつ、よく幸せは過去を振り返ったり、第三者から見て初めて分かったりすることが多いけれど、私はそれは惜しいなと思うんです。今の幸せを今実感したい。それが実感出来る映画を作りたかったのです」。 しかし本作は日常の光景をただストレートに見せてはいない。 「今の実感を今感じられるために誇張している面はあります。例えば、過去ということを思い起こさせるときはセピア色、未来は霞みがかるというように、現在は妄想の世界にいるかのようにデフォルメされてこそカラフルな世界になるのではないかと感じるのです。だから美術セットも遠近法を使い不思議なゆがみを出すなど、細部にいたるまでさまざまな工夫をしています」。 美意識と知力に訴える映画 桃井さんは現在の日本映画についても、話を続ける。 「日本映画の癖ともいえると思うのですが、映画を作る過程の中で、みんなが監督の良い女房になろうとするところがあるんです。全てを聞き入れ、逆らわない、意見を言わない。けれど映画作りはそれではいけない。「自分はこうしたい」と言う人が映画スタッフの条件だと私は思っています。それともうひとつ。よくある画面でよくある物語というものが多く、それにお客さんが慣れてしまっているのです。そうするとお客さんが非常にナメながら映画を観てしまう。けれど私はその人の美意識と知力に直接、画面から向かっていきたい。『あなたは今何を感じた?』『あなたの美意識で判断出来るのは何?』というように。その一つひとつが次の画面につながっていくので、そこで妄想をしなかった、何かを感じなかった人は次に進んだときに見失ってしまいます。私はそれは非常に正しい映画だと思っています」。 確かに本作では彼女が女優として映画に携わっていくうちに生まれた「なんでこうなの?」「私はこう思う」の精神が、映画表現へのチャレンジとしてふんだんに作品にちりばめられている。 「まず、ストーリーは撮りたくなかったのです。シーンがストーリーに行きそうになるとパチッと全く違う方向に跳ね飛ばしていくように進めました。そして画面の見せ方ですね。カメラマンには『意味なく動いてもいいから意味のあるカットは絶対に撮らないように』伝えました。一番恥ずかしいと思っているのが、よくあるシーンになってしまうことなので『そのカット見たことあるな』という位置にカメラを置かないと決めました。さらにカメラワークに関していえば、「カットを繋げるため」などいわゆる映画的な撮り方というものがあるのですが、私はそれがずっと気持ち悪いと思っていたんです。だから今回はそれを一切排除しました。でもそうするとやっぱり素人と思われ、『こうしなきゃカットがつながらないですよ』と教えに来てくれるのですが、『私はそれがずっと気持ち悪かったの。カットは絶対につながるから大丈夫』と通しました。私は ATG*出身の女優であり、自分自身の言葉でしゃべるというのを始めた最初の女優。だから戦うということに対しては慣れているんです。現場で意見を戦わすこ とは当然のことですしね」。 「現在の日本映画に慣れた」人たちにとって「無花果の顔」は、もしかしたら最初は違和感を覚えるかもしれない。けれども心配は無用。映画に引き込まれるうち、いつしかその違和感は快感に変わっているのだから。 そんな彼女の映画手法は、例えば本作を観た日本人巨匠監督から「映画の禁じ手を使った」と言われ、ブリュノ・デュモンなど海外の監督からは絶賛された。 「『やったー!』って思いましたよ。うれしいって。私は表現にやってはいけないことがあるわけがないと思っていますし」。
映画はオリジナルでなければ 自ら出演し、自身はセット内のあらゆる箇所に置かれたモニターを見ながら演技をする。他の出演者たちには、どのシーンを撮影するのか、いつからカメラが回っているのかも告げずに撮影を進めていく。何から何までオリジナルの映画作り。「これまで共に作ってきたさまざまな監督からの影響は?」との問いかけに、彼女はきっぱりこう答えた。 「もちろん影響はたくさん受けていますが、それはその人の映画の作り方。絶対に真似することはありません。それがこの仕事のルールです。特に新人監督はオリジナルでなければ!誰かの作風に似ているところがあるなんて、その人が撮る必要はありませんもの」。 そうして完成した「無花果の顔」はベルリン国際映画祭を始め世界中の20以上の映画祭に出品され、多くの評価を得た。しかしながら、フランスでの一般劇場公開は現在まだ未定である。 「フランスでの公開は切に望んでいます。小さな劇場で、本当に映画の好きな人やダンサーなど身体を使った仕事をしている人、作家性のある人たちにふらっと足を運んでいただきたいです。そして私も、ひとりぼっちで、初めてフランスに来たときと同じような顔をして劇場に入り、自分の映画を眺めるのが夢です」。 桃井かおりさんはパリによく似合っている。美意識、感受性、繊細さと強さ、そして彼女の生きかた。パリの街を歩く彼女、パリの街角にたたずむ彼女を見て、パリという街に愛される女性の存在を感じた。 最後に彼女はパリを舞台に描く次回作の構想を聴かせてくれた。この街で、フランス人スタッフと意見を交わし合いながら、パリに愛される日本人女性の感性はどのような映画を作るのか。次作への期待に胸が膨らむと同時に、「無花果の顔」のフランス劇場公開を強く望む。 *ATG:アートシアターギルド。日本の映画製作・配給会社。海外の良質な映画の配給からスタートし、1960年代後半から90年代初頭にかけ、商業映画とは一線を画した芸術性・作家性の高い映画を数多く製作・配給した。 |





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