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アルフォンス・ミュシャ

Alphonse Mucha (1860-1939)

1895年、ベル・エポックの華やいだ雰囲気と世紀末のメランコリックな空気が入り混じるパリで、年が明けるや否や、人々は今までにないポスターを目にした。女性と植物、そして装飾と華やかな色彩を一枚の紙の上で調和させたそのポスターには、女優サラ・ベルナールが描かれていた。ルネサンス劇場で上演された「ジスモンダ」である。チェコ出身のグラフィック・デザイナー、ミュシャはこうして一夜にしてアール・ヌーボーの寵児(ちょうじ)となった。その後も、「ロレンザッチョ」や「サラが特に気に入っていたといわれている「椿姫」など、6年にわたりサラ・ベルナールのポスターを描き続けた。またモエ・シャンドン社のシャンパンなどの商業的なポスターで、彼はパリという街を彩ったのである。

フーケの店内
23, rue de SévignéのCarnavalet美術館に再現されたフーケの店内

1900年、宝石商フーケの店のデザインをミュシャが担当した。ブロンズ像をあしらい、ミュシャ独特の女性と装飾で飾られていたその店は、残念ながら1923年の改装によってパリの街から姿を消すことになってしまったが、現在はカルナヴァレ美術館で当時の状態が再現された店内を見ることが出来る。

パリで活躍したミュシャだが、祖国に強い想いを抱いていたことも確かだ。1902年の春、彼は彫刻家の友人ロダンを連れてプラハを訪れている。その後、スメタナの曲「モルダウ」を聴いたことでスラブの文化に尽くす決意をしたともいわれているが、1910年、彼は祖国へ戻り、「スラブ叙事詩」を始めスラブへの仕事を熱心に行うことになる。そして1939年、奇しくもパリに欠かすことのできない記念的な日付である7月14日に、ミュシャはプラハでその生涯を閉じた。


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