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ハインリッヒ・ハイネ

Heinrich Heine (1797-1856)

パリのシャンゼリゼ通り近く、マティニョン通り3番地には、「詩人アンリ・エーヌ(Henri Heine)1797年デュッセルドルフに生まれ、1856年2月17日ここに死す」と書かれたプレートが掲げられている。フランスではアンリ・エーヌの名で知られるこの人物こそ、シューベルトやシューマンがその詩に曲をつけたことでも有名な、ドイツの叙情的な詩人ハイネである。

ハイネが少年だった頃、デュッセルドルフはフランス革命軍の駐留地で、この存在が後の自由思想の土台を築いたと言われている。後に彼はドイツの専制制度への批判やフランス革命の民主主義思想などに突き動かされ、より自由な政治的・文学的な場を求めてパリへ向かう。それは、パリ市民がブルボン王朝に対して蜂起した7月革命の翌年、1831年のことであった。新聞社の特派員としてパリに移り住んだ彼は、生涯をこの街で過ごし、作家のバルザックやジョルジュ・サンド、フランスの作曲家ベルリオーズやポーランドからパリに移っていたショパンと親しく付き合い、没後はモンマルトルの墓地で静かに眠っている。

ハイネの霊廟
モンマルトル墓地にあるハイネの霊廟

だが、彼はドイツを捨てたわけではない。ドイツ語という言語に祖国を見る彼は、ドイツ語での詩作に人生を費やし、またドイツの情勢に常に視線を向けていた。その証拠に、パリに移り住む数年前に、ハイネは「異郷を」という詩を書いている。「異郷(とつくに)を旅ゆく夜の道に/心わびしく身は疲れた、/このとき無言の恵みに似て/月よみの月の光が流れて来る。」(片山敏彦訳)

パリという異郷で彼が抱いたであろう心の憂さや望郷の念を、和やかな月の光が散らしたことを願う。


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