
| アポリネール |
Guillaume Apollinaire (1880-1918)画家ローランサンとの関係を詠(うた)った「ミラボー橋の下をセーヌ河が流れ/われらの恋が流れる」(堀口大學訳)で有名な「ミラボー橋」、あるいは言葉を図柄のように配置し視覚的効果と言葉を融合させた詩「カリグラム」などで知られる詩人アポリネール。評論や小説、戯曲「ティレジアスの乳房」など優れた作品を世に送り出し、またランボーやボードレールの詩を歌うことで有名な歌手レオ・フェレはアポリネールの詩も歌っている。 彼もまたパリを彩った外国人のひとりである。彼の母はポーランドの貴族の娘で、アポリネール生誕の地はローマ。1916年にはフランスに帰化することになるが、イタリア生まれのポーランド人で、本名をウィルヘルム・アポリナリス・ド・コストロウィツキーという。モナコ、カンヌ、ニースで幼少を過ごし、家族と共にパリに移ったのは1899年。パリは、彼が詩人アルフレッド・ジャリやマックス・ジャコブ、ピカソやジャン・コクトーらに出会うことになる街であり、ルーヴル美術館の盗難事件の共犯としてサンテ刑務所に投獄されることになる街でもある(外国人嫌いのプレスの非難の中、最終的に友人の助けもあり放免された)。 1908年頃から本格的に文筆活動を生業とし、数々の詩や雑誌「レ・ソワレ・ド・パリ」の刊行などを通して前衛芸術を支え、サティ、コクトー、ピカソが共作したバレエ「パラード」のパンフレットでは「シュルレアリスム」という言葉を産み出した。また18世紀の偉大な作家サドの復権を果たしたことも、フランス文学への称えられるべき貢献のひとつである。38歳という若さで早世した異国からの詩人アポリネールの名は、フランス文学の中にさんぜんと輝いている。
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