
| レオネット・カピエロ |
Leonetto Cappiello (1875-1942)19世紀末から20世紀のはじめ、幾何学的な模様で知られるミュシャやムーラン・ルージュのポスターなどで有名なロートレックたち、アール・ヌーヴォー様式のポスターがパリの街路を飾っていた時代に、同じくポスター画家として名を馳せた人物、それがカピエロである。 カピエロはイタリアのリヴォルノに生まれ、1898年にパリに移り住む。パリがベル・エポックを迎え、2年後にはパリ万博も控えていた頃のことだ。作曲家プッチーニや女優サラ・ベルナールのデッサンや有名人の肖像画、風刺画でも知られ、数多くの雑誌の誌面に絵を載せ、またギャラリー・ラファイエットの改築に際して喫煙室やサロンの装飾を担当したり、詩人アポリネールの作品の表紙を描いたりと、彼がパリに残した仕事の幅は広い。
だがカピエロが最も名を残すこととなったのは、その強い色彩やのっぺりとしたタッチ、躍動感あるデザインで人の目を引きつけたポスターによってである。商業広告を芸術に引き上げた人物とも言えよう。1899年、雑誌 「Frou - Frou」のポスターからはじまり、1904年ごろから特にポスターに専念しはじめ、そのキャリアは1930年代まで続く。ドロップの「Cachou Lajaunie」、チョコレートの 「KLAUS」、コンソメの「KUB」、自動車メーカーの「Peugeot」など生涯を通じて多種多様な商品をポスターにし、また劇場や公共のイベントの告知の仕事も任せられた。カピエロは1937年、フランス観光局のために外国人を受け入れるフランスを謳たった「L’accueil de la France」と題したポスターも描いている。フランスに受け入れられ、フランスを飾り、1930年にはフランス国籍を取得したカピエロは、南フランスのグラースでその生涯を閉じた。 |

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