普段、人は建築というものをあまり意識しないで生活しているのではないだろうか。しかし、建築は重要な文化的表現でもある。同時に、社会に組み込まれる建築は、その国の歴史、文化、生活の連続性と切り離した「純粋な作品」としてはあり得ない。
フランスで日本人建築家たちは建築にどう取り組んでいるのか。
パリの老舗百貨店サマリテーヌの大改築設計を手掛ける妹島和世と西沢立衛(SANAA建築事務所)、26歳でエストニア国立大博物館のプロジェクトのコンペで優勝した田根剛(DORELL.GHOTMEH.TANE建築事務所)、ポンピドーセンターの設計などにかかわった成瀬弘(河馬建築事務所)の4氏に語っていただいた。 (Interview:Shin Shishigashira)



西沢立衛(にしざわりゅうえ) 1966年、東京都生まれ。90年横浜国立大学大学院修士課程修了。同年、妹島和世建築設計事務所入所。95年に妹島和世と共にSANAA 設立。97西沢立衛建築設計事務所設立。横浜国立大学大学院建築都市スクールY-GSA教授。2010年、Prizker賞受賞。
妹島和世(せじまかずよ) 1956年、茨城県生まれ。81年日本女子大学大学院修了。伊東豊雄建築設計事務所を経て、87年妹島和世建築設計事務所設立。95年に西沢立衛とSANAA設立。2010年、Prizker賞受賞。

ROLEXラーニングセンター(スイス)
サマリテーヌのリノベーションを手掛ける
2005年から閉店しているパリの老舗百貨店のサマリテーヌをリノベーションして、リヴォリ通りに新しい建物を建設するためのコンペが開かれたのは09年。2年近く掛かったこのコンペの選考結果により、私たちが選ばれ、このプロジェクトに携わることになりました。
パリは世界で最も美しい町の1つで、昔も今も世界中の人々のあこがれの対象であり続けています。私たちもパリには何度も通い、町や建築の素晴らしさ、人々の生活様式に感銘を受けました。そのような町で仕事ができるということは、私たちにとっては最高の栄誉です。
サマリテーヌのデザイン
サマリテーヌはたいへん美しい歴史的建造物を持っています。それらを維持しながら、古いものと新しいものがどのように関係し合うかという調和の問題を扱うことは、非常に重要だと考えています。また、建物とパリの歴史的町並みとどう調和するかも、重要な問題です。
このように歴史的な建築が色濃く残る環境で、建物を周囲に調和させていくという取り組みは、私たちにとっても初めての経験です。単に新しい建築物をデザインするというのではなく、町並みや歴史的建築物が持つコンテクストから学び、それをデザインに反映していきたいと考えています。既存のサマリテーヌと、新しくリノベーションされる建物をうまく融合させていくことが大切です。
パリはより統一された調和によって美しい町となっています。サマリテーヌのファサードを例に挙げてみましょう。ファサードのウェーブのデザインは、既存の窓のピッチを利用して、70メートルという長い距離のスケールを押さえるために考えられました。白いシルクスクリーンが施されたガラスが、周囲の古い町並みを反射してビルの側面に映し出すよう工夫が施されているのです。このような美しい町並みが、これほどの大きな規模で、戦災や災害を逃れてほとんど完全な形で残っているということ、またそれが今も使われているということから、奇跡の都市だと言えるでしょう。また、人間が気持ちよく暮らせるための環境作りがされているという意味でも素晴らしい町だと思います。

2005年から建物の安全上の問題で閉店しているパリの百貨店サマリテーヌ
リノベーション後のサマリテーヌはオフィス、ホテル、育児所、ソーシャルハウジングも併設しているところが日本の百貨店と異なっています。
また、表面の素材は主にガラスを用います。現代的な透明感、軽さということがこの建築の重要な個性になるでしょう。しかし、単に現代的というだけでなく、町並みや諸コンテクストとの調和、連続性ということを重んじて、ファサードのリズム、分節の仕方、素材などを考えています。
日本的な感性で
日本よりもフランスの方が、建築・都市というものが文化として高く評価されているように感じられ、その点はうらやましく感じています。
日本人ということを強く意識しているわけではありません。むしろ逆に、意識しなくても、私たちは日本で生まれ、日本の文化によって育てられたので、私たちの発想も日本的文化を感じさせるものになると想像します。どこか「日本的な感性」といったものを人々が感じることになるかもしれません。
しかし同時に私たちは、世界中の偉大な建築・都市や、世界的な建築・都市理論から多くを学び、影響を受けてきたことも事実で、その意味で私たちは日本的であると同時に、どこか国際的な文化というものからの影響も少なからず受けていると思います。

田根 剛(たねつよし)1979年、東京生まれ。デンマークや英国で経験を積む。2006年、ダン・ドレル(イタリア)、リナ・ゴットメ(レバノン)と共に建築事務所DGT(DORELL.GHOTMEH.TANE / ARCHITECTS)をパリに設立。エストニア国立博物館(15年完成予定)を始め、フランス、レバノン、日本で建築プロジェクトが進行中。フランス文化庁新進芸術家賞(08年)、ミラノ建築家協会賞受賞(08年)、イアン・チェルニコフ賞・ノミネート(10年)など。コロンビア大学GSAPP客員教授。
エストニアの国家プロジェクト
仕事上のパートナーになったイタリア人とレバノン人と一緒にコンペに応募しようと、見つけたのが独立15周年のエストニアの国家プロジェクトで国立博物館の建設でした。英国のデビッド・アジャイエという建築家のオフィスにいた私と、フランスの建築家ジャン・ヌーヴェルのオフィスにいた2人のパートナーと共に、このコンペで勝ち取った博物館の建設を手掛けることになり、人生が変わりました。このときから、パリに共同主宰の建築事務所を構えることになったのです。
建築家というのはローカルな仕事を請け負い、その土地、町並み、人を知っていて初めて仕事ができるのです。エストニアの国立博物館建築のコンペでは、「その場所に1つしかない」という主題を基に、建築としてどう形にできるかを考えました。もともと空軍基地だったソ連軍の滑走路に博物館を建設するという、「記憶」を意味するプロジェクトから、ソ連時代を無視、抹消するのではなく、その過去をどう未来につなげていくのかを打つ出したわれわれの提案に勝因があったと思っています。
写真上:エストニア国立博物館の滑走路からの眺め
写真下:外観図 (提供:DGT)
建築における環境と場所と時間
人が住むための環境を作り、考えていくのが建築の仕事だと思っています。場所には既に人が住み、生き物が存在したという過去があるのです。それまであった場所での時間というものを一度無くしてしまうのではなく、過去を踏まえた上で未来につなげていかなければ残念です。過去は素晴らしい素材なのだから。
パリの魅力は、ある時代だけに作られた町ではなく、徐々に時代ごとにものが作られ、現在の建築も溶け込んでいます。歩いていると時代が分かり、地区ごとの違いが明確で、それぞれの時代のタイムマシーンに乗ったような、非常に特別な感覚が味わえます。この町で建築や都市について考えていけるというのは魅力的ですね。
建築とは音と光も重要
私は舞台装置の製作などにもかかわっています。どう始まり、終わるのかという流れを持つ舞台は、私の持っている建築における時間の概念と似ています。建築とは空間ばかりが注目されがちですが、建築における時間についてもっと考えていきたいと思っていた矢先、指揮者の小澤征爾氏の斉藤記念オペラ(松本市)の舞台を手掛け、建築というのは音と光だということを非常に学びました。
建築にとって音というのはものすごく重要な素材なのではと気付く、大きな経験をしました。

成瀨弘(なるせひろし)1942年、愛知県生まれ。65年日本大学建築学科卒業。早稲田大学吉阪研究室(66-68年)を経て、東京理科大学建築学科助手(68-72年)を務める。72年に渡仏。グルノーブルのパレ・デ・コングレ(72年)、パリのポンピドーセンター(73-77年)などの設計にかかわる。77~79年、小杉武久、フランス人音楽家たちとのパフォーマンスを行う。EDFブールジュの設計に参加(79-82年)。82年、プルース、ナルセ設計事務所、93年には建築事務所Atelier Kabaをフランスに設立。

ノジャン・シュル・ヴェルニッソン(ロワレ県)にあるArubotetum
西洋の建築を批判
1960年から70年にかけて 西洋文化に疑問を持ちインドに興味がありました。しかし、インド行きの途中で立ち寄ったパリに、結果的には腰を据えることになりました。
スペースをどのように組織していくかを考えることが、私の基本的な仕事だと思っています。固定的ではない、日々変化していく建築に一番興味があります。雨が降ったり光が差したりするたびに表情が変わるという日本の建築は美しく、その意味で西洋の建築、西洋文化というものを今でも批判的に捉えています。そして、西洋文化の行き詰まりのようなものを、どのように克服できるかを模索しています。日本が優れているとか、フランスが劣っているとかということではなく、フランスにいることによって物事が相対的に見える、その利点を生かすよう考えています。その上で、新しい世界をどうやって切り開くのかをテーマにしています。変換期に当たる今、何か提案することができるのではないかと思っています。
木の素材を使った建築を多く手掛ける
オスマン以前のパリ、また現在でもアルザスやノルマンディー地方などフランスの建築も木造です。しかし、日本は柱梁(ちゅうりょう)の建築なのでスペースが連続しており、壁で区切られる西洋の空間概念とまったく違います。私は自然素材にもこだわっています。土は使って壊れたらまた土に戻りますし、木は切って使ったら植えればまた生えるので、自然と共存という意味合いで自然素材が重要になってきます。
今の日本建築はすごく表象的になってきています。単に流行を追っているだけで、本質的な問い掛けがない。自分自身を発見していく、世の中に対してきちんと答えていくという発想がないのではないでしょうか。
建築とは具体的であること
建築というのは人間の活動の結果。極端な言い方をすると巣なのです。格好良いとか悪いとかで巣を作るのではなく、連続する活動の中で1つの形が生まれてくる。活動がどれだけ充実しているかによって出てくるものが違ってくる、というのが私のロジックです。ですから、建築とはキノコみたいに地中からスーッと出てくるようなものがいいのではないかと、私は思っています。重要な事は匿名性なのです。建築なんていうのは1人でできるものではありませんから。建築とは、活動の現実が表現されていて、具体的であること、と考えています。











