
| 75. サルコジ vs ドビルパン 第2ラウンド |
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サルコジ大統領らを偽情報を使って追い落とそうとしたとして虚偽告発共犯などの罪に問われたドビルパン前首相らの判決公判が1月28日パリの軽罪裁判所で行われ、元首相に無罪判決が言い渡された。この判決を受け、翌日仏検察庁は上訴の構えがあることを発表した。 1991年に仏政府は台湾にフリゲート艦を売却した。これが現在進行形で仏政界を賑わすクリアストリーム事件の始まりだ。フランスのルノー・ヴァン・ルユンベー ク判事は2001年6月にフリゲート艦売却に伴うリベート疑惑の捜査を開始。しばらくすると(2004年春)、彼の元に資金洗浄疑惑に関する資料(秘密口座のリストを含む)が匿名で送られてくる。この資料にはサルコジ大統領を始めとする政治家や仏実業界の著名人が名を連ねていたが、偽装書類ということが判明。さらに、この偽リストの作成に当時のシラク大統領とドビルパン首相が関与しているとの疑いが持ち上がった。 ドビルパン元首相は2007年の大統領選の最有力候補と言われていたが関与者の逮捕や取り調べでクリアストリーム事件が明るみをおびていくうちに、ドビルパン氏の支持率が低迷。 最終的には大統領選辞退を余儀なくされた。 長身でパリ政治学院卒業のドビルパンは絵に描いたようなエリート。対照的にサルコジはパリ政治学院中退で短身。ドビルパンもサルコジも共和国連合 (RPR)の議員でシラク寄りだったが、1995年の大統領選挙でサルコジはシラクの対立候補だったエドゥアール・バラデュールを支持。だが、決選投票ではシラクが逆転勝利。第一次シラク政権ではサルコジは冷遇され、逆にドビルパンはシラク大統領の懐刀として台頭してきた。 そんな中サルコジにとって、クリアストリーム事件はドビルパンを陥れる絶好のチャンスとなったわけだが、肝心のドビルパンは無罪判決。失脚させるどころか、無罪判決を受けて逆に勢い付き、2012年の大統領選への立候補も噂され始めている。 サルコジはドビルパンの無罪判決を受けて上訴はしないと仲直りの兆しを見せたが、検察局がメンツを掛けて第2ラウンドをご所望。2012年の大統領選は白熱した戦いになるかもしれない。 [参考文献] |
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