2カ月以上も胸焼けと朝方の空咳がみられます。知人から胃食道逆流症(逆流性食道炎)ではないかと言われましたが、咳も関係するのでしょうか?
Point
- 胸焼け、口内の苦味が主症状
- 空咳、ゲップ、背部痛、耳の痛みもみられる
- 食道括約筋の緩み、食道裂孔ヘルニアが原因
- 食生活、肥満、ピロリ菌除去も関与
- 胃酸分泌を抑える薬が有効
逆立ちしても逆流しない理由
● 食道の下部括約筋
食道と胃の境にある帯状の筋肉です。いつもは胃の内容物が食道に逆流しないように閉じた状態で、食べ物や飲み物が通る時だけ開く仕組みになっています。
● 食道の蠕動(ぜんどう)
食道の筋肉が波のように動く蠕動(Peristaltik)により、食べ物はのどを通過すると、胃の方向に送られます。
胃液に強い胃、弱い食道
● 胃の中には強酸と消化酵素
胃液に含まれているのは、pH1〜2の強い酸(胃酸)とタンパク質分解酵素(ペプシン)。粘液が胃壁を覆い、自身の胃液で胃が消化されないように守られています。
● 酸に弱い食道粘膜
口の中と同じ扁平上皮でできている食道粘膜には、胃酸に対する防御はありません。そのため胃内容物の逆流が刺激になったり、炎症を起こしたりします。
逆流を起こす要因
● 括約筋の締まりが悪くなる
食道括約筋が一時的に開いてしまったり(日本消化器病学会の「胃食道逆流症診断ガイドライン 2015」、以下ガイドライン)、加齢により括約筋が緩んで逆流(Gastroösophagealer Reflux)を起こします。
● 食道裂孔(れっこう)ヘルニア
食道と胃の境をつくる横隔膜の筋肉が緩み、胃の一部分が横隔膜の上にはみ出すと逆流が起きやすくなります。食道裂孔ヘルニアの割合は年齢を重ねるとともに増加します(1982年の日本消化器学会誌の論文より)。
● 妊娠・きついベルト・肥満
妊婦や肥満の人は、体を横たえると腹圧で胃が頭側に押し上げられるため逆流を起こしやすくなります。痩せている人でも、お腹を締め付ける衣服やきついベルトを着用している際は注意が必要です。
胃食道逆流症の原因
● H. ピロリ菌の除菌後
ヘリコバクター・ピロリ菌は、菌体の周りにアルカリ性のアンモニアのバリアをつくって強酸の胃の中で生息しています。除菌により酸の度合いが強くなると、症状が増すと考えられています。
● 遅い夕食・過食・高脂肪食
食事の食べ過ぎ、就寝直前の夕食では、胃が圧迫されて逆流が生じやすくなります。 脂肪分は胃内に長く留まり胃酸分泌を刺激するため、逆流症状を強くすることも。
胃食道逆流症(GERD)
● 有病率は10人に1人
日本の成人の10〜20%にみられるといわれています。健康診断受診者の 5人に1人は胃食道逆流症(gastroösophageale Refluxkrankheit)の症状があり、胃カメラを受けた10人に1人は食道に炎症所見(食道炎)が認められています(前述のガイドライン)。
● 胃食道逆流症(GERD)の分類
食道に炎症所見が認められる場合を「逆流性食道炎」と呼び、①自覚症状を伴うタイプと、②自覚症状のないタイプがあります。③自覚症状があり炎症所見がないタイプは「非びらん性胃食道逆流症(NERD)」と呼ばれます。
胃食道逆流の種類
胃食道逆流症 | ||||
逆流性食道炎 | 非びらん性胃食道逆流症 | |||
食道の炎症 | あり | なし | ||
逆流症状 | ①あり | ②なし | ③あり | |
なりやすい人 | 年配者・肥満 | 若い女性・やせ型 |
胃食道逆流症の症状
● 胸焼け、どん酸(Sodbrennen)
胸焼け、どん酸(のどや口の中が苦酸っぱく感じられる)は胃食道逆流症の主症状です。胸焼けは前胸部のチクチク感、詰まった感じなど胸痛(Brustschmerzen)として捉えられることもあります。
● よくみられる症状
のど・あごへ放散する痛み・違和感、背中の痛み、肩こりを感じたりします。 頻回にゲップ(Rülps)、お腹が張った感じ(Bauchauftreibung)がみられることも。
● 慢性的な空咳(trockener Husten)
起床時や会話中の空咳(痰を伴わない咳)が8週間以上も続く場合は、胃食道逆流症も疑われます。逆流が下部食道の神経やのどを刺激するためです。また咳自体が逆流を促進するといわれています(日本呼吸器学会の咳嗽に関するガイドラインより)
食道粘膜の病変
● 逆流性食道炎(Refluxösophagitis)
食道粘膜に炎症(ただれや潰傷)が見られます。逆流性食道炎は胃酸以外の胃内容物、胆汁や膵液などの十二指腸の内容物の逆流によっても生じます。
● バレット食道(Barrett-Ösophagus)
逆流に伴う炎症が繰り返しみられ、食道粘膜の扁平上皮が胃や腸と同じ円柱上皮に置き換わった状態を「バレット食道」と呼びます。
● バレット食道からの発がん率
バレット食道は、食道がん(Speiseröhrenkrebs、Ösophaguskarzinom)のリスク因子(Krebsrisiko)になると考えられています。発がん率は0.4% /年(2009年の米国医学誌 Gut)、もしくは0.12% /年(2011年の米国医学誌 NEJM)などの数値が報告されています。病変の長さが6センチ以上になると、0.65%/年(2011年の米国消化器学会誌)と増加します。
胃食道逆流症の診断
● 症状による診断
胸焼けとどん酸の症状により、胃食道逆流症と臨床的な診断がなされます(2010年の日本消化器病学会の「患者さんと家族のための胃食道逆流症ガイドブック」)。
● 胃カメラによる診断
食道下部の炎症変化の有無を胃(食道)カメラで直接確認します。食道裂孔ヘルニアの有無も分かります。
● 胃酸分泌を抑えての効果(PPI試験)
プロトンポンプ阻害薬(PPI、次項)を 2週間飲んでみて症状の改善がみられる場合に、胃食道逆流症と診断されます。治療と診断を兼ねた方法といえます。
胃食道逆流症の治療
● 胃酸の分泌を抑える薬
ドイツでは、胃酸の分泌を抑えるプロトンポンプ阻害薬(PPI)が用いられます(例:オメプラゾール、パントプラゾール、ラベプラゾールなど)。約80%の患者で症状改善がみられます(2019年の日本医事新報の記事)。
● 生活習慣の見直し
胃食道逆流症と診断された場合は、これまでの生活習慣を見直し、下記のような改善策を実施しましょう。
生活上の改善策
食事 | 腹八分目、早い時間の夕食 刺激物は控える、高脂肪食は再検討 |
嗜好品 | 禁煙、アルコール、カフェイン、炭酸飲料、酸味の強いジュースの取り過ぎ注意 |
その他 | 体重コントロール、腹部の強い圧迫を避ける |
● 就寝中の身体体位
夜中の睡眠中に胃液が逆流して目が覚めてしまう人は、ベッドの頭側をリクライングで少し持ち上げて横になると、逆流が減り症状が消失する場合があります。
● 手術
内科的治療で症状の改善がみられない食道裂孔ヘルニアの場合は、手術が検討されることも。バレット食道の場合は、外科的切除が行われます。