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Fri, 26 April 2024

第5回 米国の光と影(2)

ブッシュ政権の支持基盤

まず、前回大統領選挙の投票結果を見ていただきたい(図)。ブッシュ政権の支持基盤が、比較的豊かで税金を気にしている一方、宗教や道徳を重視し、テロを恐れる保守層であることわかる。人種では白人が多い。一方対立候補であったケリー氏の方は、経済雇用問題を重視する中堅以下の層で、福祉や教育などの拡充を求める一方、イラク攻撃に納得していない層であることがわかる。

米国経済が好調といっても、その恩恵は豊かな層に多く分配されている。ブッシュ支持層が求めている中堅以上の所得層に対する減税、福祉の拡充よりも政府支出のカットへの強い要求。そうした政策の遂行はますます不平等を拡大する。そして、所得が低いために宗教心や道徳心を持つ余裕のない人々が生まれ(もちろん全員ではないが)、それに伴いテロのリスクや社会的な不安も拡大する。所得の分布が、上位4分の1の所得が下位4分の1の所得の4倍を超える状態になると社会は不安定化するという説があるが、米国はもはやそういう社会であると思われる。そして、共和党の政策をとればとるほど、所得、資産格差は広がり、ますますセキュリティにコストをかける社会となる。ここに保守主義ジレンマがある。

米国経済の最悪シナリオと民主主義不能の場合の帰結

建国直後に米国に行き、その印象記「アメリカの民主主義」(米国の高校生の必読文献とされている)を書いたフランス人アレクシス・ド・トクビルは、同書の中で、米国には欧州と比べて際立つ人間の平等性があり、それが米国民主主義の基盤であると説いた。しかし、もはや米国社会にはそうした平等性は存在しない。不平等もアメリカンドリーム、すなわち社会や経済のフロンティアがあるうちはいいが、前回指摘したように、米国経済は、大きなリスクを抱えている。

敢えて最悪のシナリオを書いてみると、以下のとおりである。

米国の住宅バブルは、英国のように供給が少ない中での価格高騰ではなく、供給が十分ある中での高騰だけに投機の色彩が強い。日本の例を挙げるまでもなく、その破裂は時間の問題ではないかと金融市場では真剣に心配されている。バブルの発生と破裂は資本主義の病理の部分で、こうした例は歴史上例がないわけではないが、米国バブルの破裂は、これが仮に生じると中国からの輸出減退を通じて世界を不況に陥らせるリスクがある点で、日本のバブル以上に深刻であり、1930年代の大恐慌のデジャ・ヴになっている。とすれば、より深刻な問題は、そうした事態となったときの政治的な不安定に対する民主主義の保障機能が、米国で十分かどうかということである。すなわち、所得、資産の不平等の進む中でバブルがはじけると、低所得層の生活が苦しくなり不満が爆発しかねない。その時に宗教、道徳重視、テロを恐れる、という支持層と単独行動主義の大統領の組み合わせがどういう作用を持つのか。民主主義が健全な形で機能しなければ、時の政権は外敵を人為的に誇大に作り、国民の不満を外へそらせて、民主主義の形を変えた全体主義が出現するというのが歴史の教えるところである。その民主主義は、拍手と喝采による民主主義であり、民主主義が衆愚政治に陥ることを意味する。その過程で封殺されるのは、自由な言論とそれに基づく議論であり、反対意見をいうものは臆病者とされ、少数意見は尊重されない。現在のドイツの憲法(ボン基本法)がレファレンダム(国民投票)を禁止しているのは、ドイツのこうした過去の苦い経験に鑑み、議会の議論を封殺することを嫌っているのである。

米国民主主義の機能度

米国の民主主義は、そこまでひどくはないと信じる。大統領選挙での支持率は、ブッシュ51%、ケリー48%と政権に対する批判票が相当出た。現時点で、米国に全体主義のリスクがある、政権の批判ができない状態にあるというのは言い過ぎである。過去米国が似たような状況に陥ったのは、1950年代のマッカーシズムの時代のみである。米国に対する信頼は、その民主主義の健全性に依拠している面が大きい。

もっとも、注意を要する点がまったくないとは言い切れない。前々回の選挙ではブッシュ氏はゴア氏と接戦となり、最後は最高裁判所の判断で辛勝したが、その後は、反対意見はあるにせよ米国民や米議会と大きな緊張関係を生まずにイラク攻撃を遂行した。しかも、事前に議会であまり議論があったとも思えない。批判票が沈黙しているのは、なぜであろうか。確かに9・11事件は異常な事態であったが、それ以上にブッシュ大統領は、中々の役者だという面がある。CNNではブッシュ大統領は格好のターゲットであり、そのカウボーイぶり、能天気ぶりが毎日のようにコメディアンによる突っ込みの対象になっている。こうしたCNNの揶揄も計算のうちとすれば、相当のものである。

マスコミとインターネットの功罪

より重要なのは、民主主義の出発点が「議論」にあるとすれば、議論の現場がどうであるのかということだ。現場からの臨場感ある報道のみが映画やゲーム感覚で優先される、CNN的なマスコミとインターネットには功罪がある。功は、人々に考える材料を提供し、人々に感覚を共有させ、議論の前提をつくることである。罪は、第一は人々の関心の大半をそうした感覚的娯楽が占拠してしまい、考える時間を奪うことである。第二は、人々がマスコミが取り上げない問題は、現実にも存在しないと錯覚することである。第三は、そうした現実を補うのがインターネットだが、前回大統領選挙で大きく躍進したブログは、まだ同好の人々以外にも参加を広げる場にはなっていない。感覚を共有するが、議論に至らず、その感覚も熱しやすく醒めやすい。

パクスアメリカーナの終わりの始まり

米国の民主主義は、これまでその機能度の高さゆえ世界の手本であったし、現在でもそうである。しかし、その理想主義的な性格は、多分にその圧倒的な政治、経済力が前提にあることを忘れてはならない。経済が不安定化したとき、中国、インドの台頭により唯一の政治大国ではなくなったとき、その民主主義は試練を迎えるに違いないし、それは世界にとっても大きな試練になる。そのタイミングは、ITやバイオが、経済のパイを膨らませ続ける限り、そうすぐには来ない。

しかし、最近米国人に会うと自国だけが、その負担で世界の安全を支えていること、無償で世界をリードしていることへの不満がよく聞かれる。EUや日本にも相応の負担を求めたいというニュアンスが感じられるときがある。米国のいらつきが肌で感じられ、その寛容性がいつまでも続かないかも知れないと思うのは僕だけであろうか。最近のブッシュ大統領は、国内政策がうまくいかず、どことなくさびしげに見える。こういうときに派手に海外でぶちあげるのが、政治の常道なのだが、やはり米国の動きはいつも要注意である。次回は、G8の結果やロンドンでのテロも踏まえ、英国という視点から米国の問題を考えたい。

(2007年7月1日脱稿)

 
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