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日経電子版Pro
Mon, 30 November 2020

第182回 英国バロック絵画は大人の芸術

暗い冬の到来です。英国の家の電灯は暗いですが、英国人の目は猫みたいに暗くてもよく見えるのでしょうか。消炭(けしずみ)色の空を見ていたらイカ墨パスタを思い出し、イカ墨の瓶を取り出すと「セピア」と書かれていました。セピアの語源は古代ギリシャ語のコウイカで、イカ墨で書いた文字が経年劣化して赤褐色になったものがセピア色と呼ばれます。

イカ墨の瓶に「セピア」の表示イカ墨の瓶に「セピア」の表示

物置から古い写真を引っ張り出すと、確かにセピア色に変わっていますね。デジタル・カメラの色鮮やかな写真が一瞬の美しさを捉えるなら、セピア色の写真はときの流れ、遠い昔の記憶を呼び覚まします。人は色覚ではなく光覚が刺激されることで陰影に敏感になり、対象物は立体感や遠近感が増幅されて、鑑賞者の心理に訴えてきます。ふとここで、長らく疑問に思っていたことが氷解した気分になりました。それは、英国のバロック様式はなぜ欧州大陸のバロックと異なり、色使いがおとなしく見えるのかという疑問です。

グリニッジにある旧王立海軍学校グリニッジにある旧王立海軍学校

16世紀末にイタリアから始まったバロック様式は宗教改革の後、それまでの均整の取れた格調高い美しさを探求するのではなく、あえて誇張した躍動感や凝った装飾、強烈な光と影の対比によって荘厳で重厚な表現を行い、瞬く間に欧州全土の建築、絵画、彫刻、音楽、文学に広がりました。英国には17世紀に伝わり、聖ポール大聖堂を再建したクリストファー・レンがその代表的な建築家として挙げられています。

ペインテッド・ホールペインテッド・ホール

英国最大級のバロック建築はロンドン南部グリニッジにある旧王立海軍学校です。美しい建物ですが、フランスのヴェルサイユ宮殿やイタリアのサン・ピエトロ大聖堂に比べるとやや抑えた美という感じがします。また、その敷地内にあるペインテッド・ホールはバロック画家ジェームズ・ソーンヒル卿の絵画に包まれた壮大な美術空間ですが、光と影の魔術師、ルーベンスやレンブラントほど劇的ではなく、少し色褪せた写真館のようです。

ジェームズ・ソーンヒル卿の自画像ジェームズ・ソーンヒル卿の自画像

ソーンヒル卿は聖ポール大聖堂のドームの天井画も描いています。光と影の対比にグリザイユ技法(単色を何度も塗り重ねる)を使い、派手な色使いをしませんでした。その方が逆に陰影が際立ち、立体感が醸し出されます。元来、英国は太陽光の少ない国。英国のバロックは夕闇に浮かぶモノトーンの世界、心眼を開いてときの流れも鑑賞する大人の芸術のようです。

聖ポール大聖堂のドーム天井画聖ポール大聖堂のドーム天井画

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シティ公認ガイド 寅七

シティ公認ガイド 寅七
『シティを歩けば世界がみえる』を訴え、平日・銀行マン、週末・ガイドをしているうち、シティ・ドラゴンの模様がお腹に出来てしまった寅年7月生まれのトラ猫


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