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Wed, 10 August 2022

第10回 人民元バスケット制移行の意味 為替レートの決まり方(2)

人民元バスケット制

中国は7月21日、人民元のバスケット制移行を表明した。要は対ドルで、固定相場を維持するペッグ制を廃止し、人民元と貿易相手国通貨との為替レートの平均値を求め、そこから急激な変動をしないように管理していくということである。ポイントは、これまでと異なり経済実勢(ファンダメンタルズ)に見合った緩やかな変動を認め、1ドル=8・27~8人民元に固定させないということ、そして対ドル一辺倒を改めることの二点である。今回はこの意味を考える。

これまでのペッグ制

どんな国でも、経済発展を果たすにはヒト(優秀な労働力)と先立つカネ(資本)が必要である。地下資源のある国は別として、アフリカの多くの国には、これらの要素が両方とも欠けているのはご存知の通りである。

中国では毛沢東の文化大革命時に、優秀な労働者を農村に強制移住させ、海外からの資本流入も規制していたため、ヒトもカネもない状態に陥った。結果、農業の生産性すら上がらず、経済は沈滞した。そこで毛沢東の没後、77年に権力を掌握した 小平は、改革開放政策をとり、外資を導入し大学教育や海外留学を拡充する。同時に廉価な労働力を武器に単純な軽工業製品を生産、世界に輸出し始めた。80年代、90年代に日本のスーパーで買う衣料品のほとんどが中国製だったのは、まだ記憶に新しいだろう。中国は、そこで貯めた資本を元に、日本からの工場進出や技術移転という助けを借りながら、より高度な工業製品を80年代後半から作り、世界市場へと乗り出した。90年代後半からラジカセなど、また2000年頃からは、テレビにも「Made in China」の文字を見ることが多くなった。貿易立国の中途では、為替レートのひんぱんな変動(ボラタイル)は、手取額の予想がつかず、企業にとって特に大きなリスクになる。個々の企業規模がまだ未成熟で小さいため、少しの為替変動で、倒産の危機を迎えることもあるのだ。また輸出が伸び、経済成長が続くなかで為替レートを固定すると、経済力と比較してレートが自国通貨安に傾き、対外競争力が増すため、さらなる成長が期待できる。たとえば、輸出国からドルを受け取ると、人民元が多くもらえる仕組みである。このため、中国や、またかつての日本が1ドル=360円としていたように、途上国は世界の支払通貨である対ドルの固定相場制をとることが多い。

通貨バスケット制への移行

底なしの廉価な労働力を背景にした安い中国製品は世界に輸出され、その代金でより高度な製品を作る、中国人は豊かになる。その財布と安い労働力を当てに世界中から工場建設や不動産購入などで資本が中国に流れ込む。江沢民による99年のWTO加盟表明とそれによる外資流入の累増がこの循環に拍車をかけた。中国内に溢れるドルは、固定相場で人民元に換金される。放っておけばたちまち人民元が不足し人民元高、金利高となる。固定相場を維持するために中央銀行である中国人民銀行は人民元を大量に市場に供給し、人為的に金利を低く抑えた。この結果、銀行には不良債権の山が築き上げられる一方、共産党の意向通りに不採算の国営企業は延命した。

しかし、人為的低金利、つまり低い固定レートは、中国自身の需要増大により原油、鉄鉱石、セメントといった輸入原料価格の高騰と不足をもたらし、中国内でのインフレ、不動産価格高騰が深刻な問題になっていった。経済成長による所得格差拡大、バブルによる資産格差拡大、インフレによる農民所得の目減りは、共産党の基盤を揺るがしかねないところまで来た。中国共産党の今の最大の課題は農民、農業、農村の三農問題である。沿岸部との貧富の差拡大、幹部の不正横行を不満に中国内部の農村では暴動がひんぱんに起きているとBBCも放送していた。

そこで為替を切上げ、物価抑制策に出たのが今回の措置である。一気に変動相場制にいくと、増幅する投機資金により急激な人民元高になり景気を冷やし過ぎるリスクと、為替のボラタイルな動きが予想可能性を低め社会のコストになるリスクがあるので、為替介入の余地を残すとともに資本移動を完全には自由化せず、漸進主義とした。また日韓、EUとの貿易決済における円、ウォン、ユーロ決済の増加からバスケット制を取った。

今後予想される展開

①人民元は、日本の例を見てもわかるように、中国経済の成長と歩調を合わせるようにじりじり元高になる。今回程度の切上げでは中国国内のインフレ、不動産高騰は十分沈静化せず、中国政府と人民銀行はさらなる切上げを余儀なくされる。10年間寝かせることができる資産があるなら元買いである。しかし、オリンピック前後に中国経済は必ず踊り場を迎える。その時に多少損が出ても持ちこたえられる余裕資産がなければ元買いはリスクが大きい。そうした経済危機のときに、すでに共産主義を捨てた中国共産党がどこまで市場や自由主義経済を守れるか。共産党の本性を発揮すれば、投資はすべて国有化を強制されても文句は言えない。そうすれば投資はゼロになる(もちろんその時は、中国への追加投資もゼロになるので、チキンゲームだが)。そういう政治リスクが中国の危うさの一つである。欧米の大企業は、中国法に詳しい弁護士を大量に採用しつつ、中国共産党幹部にも挨拶を怠らず、硬軟両用で、即日の投資引上げが可能な体制を整えている。いつか「1日で逃げられる」と豪語していたインベストメントバンカーの言葉が印象的であった。

②さらなる切上げは、世界的な為替相場制度のあり方に問題を投げかけるだろう。世界経済が相互依存性と同期性を高めている中で、中国やインドなど新興国の劇的勃興と米国経済の緩やかな相対的役割低下が進行している。これに伴い、先進国間での変動相場制と途上国の対米ドル固定相場制(ペッグ)という70年代以来の世界通貨の枠組みに大きな変化が今後生まれうる。そこでの最大の問題は米国の財政、貿易赤字とドル暴落リスクである。次回はこれを取り上げよう。

③米国の圧力に屈した政府日銀による80年代のプラザ合意による円高誘導は、バブルの発生と崩壊を生んだことから、今では失敗と評価されることが多い。一方、現在の中国が米国からの圧力と表面的には関係なく、自らの判断で為替を切上げ、世界経済に強い存在感を示したのは一種の象徴的事件であった。今後も、2008年北京オリンピック、10年上海万博とイベントが続き、OECD加盟、G7参加、サミットG8加盟は時間の問題である。中国の政治力も当然増すので、東アジア地域での政治、軍事的緊張が高まる。日本は安全保障政策について国の形を作ることが死活問題となってきた。

(2007年9月12日脱稿)

 
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Mr. City:金融界で活躍する経済スペシャリスト。各国ビジネスマンとの交流を通して、世界の今を読み解く。
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