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Tue, 23 April 2024

第61回 安倍総理の辞任

予期された辞任

12日の日本時間午後2時に安倍総理が辞任表明した。予想よりちょっと早く、またやや手前味噌なのだが、「やはりなあ」という感想を持った。第37回(2006年10月12日発行)で以下のように書いた。


時間軸の長い構想力を示しながら、かつ民主主義の過程で支持を受けることは難しい。しかし、それをやらなければ政治の価値はないのだ。なぜなら、それ以外のことは市場が解決していくからである。ハイリスク・ハイリターンという。リスクを取らなければ、高い結果も期待できない。(略)禅譲を受けた政権は長続きしない。逆に戦い取った政権は長続きする。サッチャー、ブレアしかり、中曽根、小泉しかり。安倍首相の構想力は安全保障に傾斜している。しかし今や安全保障はブレア首相に見るまでもなく、軍事力や経済力のみでは世界的な支持は受けられないことは明らかである。環境保全、京都議定書、憲法9条、食糧問題、日本の固有性と現実政治との折り合いをつけていく構想力があるのだろうか。

日英構造改革の違い

安倍首相考え方は今もそれほど変わっていない。確かに年金問題など不運な環境はあったが、より深刻な問題は、安倍首相が第一には小泉改革の評価において、第二には日本人の民度という2つの点で読み違えしていたことにあるのではないか。

小泉改革は、戦後の右肩上がりの成長を前提とした社会主義的な制度を改め、そのコスト構造を明らかにして、国民に制度存続の賛否判断を求めていくという意味で是非とも必要なものであったと思う。しかしながら、日本人には中程度の金持ち=中流が多く、差し当たり生活に困っていないので、結局郵政民営化といったシンボル的な改革しか(それだけでも大きな変化だが)できなかった。この点において、経済が行き詰まり、失業率が10%を超え、日本から緊急融資を受けるほどの経済のどん底状態から這い上がった英国のサッチャー改革との大きな違いがある。

安倍首相が犯した読み違い

ただその程度の改革でも企業が非正規雇用を増やし、国は公共投資を減らしたので、地方経済に痛みが集中した。この状況を日の当たりにした安倍首相に、迷いが生じた。つまり安倍政権は構造改革は継続すると言明する一方、実際には何も手を打たず、小泉路線の不徹底を批判する構造改革派と、行き過ぎを批判する「抵抗勢力」のどちらにも良い顔をしようとした。小泉改革の本旨と国民の支持を読み違えたのだ。このため小泉元首相に比べて経済政策については後退の印象を国民が持つに至り、地方の声が反映されやすい参議院選挙で負けると安倍政権は急に地方重視と言い出して、政治にとって致命的な朝令暮改の印象が残った。

第二に、中程度の日本人の民度、特に安全保障問題への認識についての洞察の欠如である。この欄で繰り返し述べているよう に、いずれ安全保障問題は日本に取り死活問題になる。言うまでもなく焦点は北朝鮮と台湾だ。ところが、中流に属する日本人は生活に困ってもいないし、安全保障の脅威を切実には感じていない。こうした日本人に世界で何が起こっているのか、世界の論調はどうなのかについて、グローバリゼーションや米国や中国との関係を通じて高い意識を国民に持たせることが政治家に求められている。しかし安倍首相は、憲法とか国民投票とかいきなり結論だけを述べて強行採決をした。政治的発想の貧困さ、構想力の欠如の例と言える。

国民が自ら考えるということ

このように安倍首相の辞任劇には、いくつもの伏線があった。もとより民主党の政策も、構造改革反対バラマキ復活で経済政策になっていない。安全保障問題について小沢さんはフタをしている。

以前述べたように、経済政策と安全保障の2点から政治の再編成が必至である。また今回取り上げた民度の成熟に至っては国民1人1人が自ら考えることがクリティカルであり、これこそ夏目漱石が「私の個人主義」で繰り返し指摘していた問題にほかならない。これなくして、海外から尊敬される国には決してなれないと改めて強く思う。

(07年9月12日脱稿)

 
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Mr. City:金融界で活躍する経済スペシャリスト。各国ビジネスマンとの交流を通して、世界の今を読み解く。
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