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Fri, 29 March 2024

第73回 「濡れ手に粟」の資源国の末路と人材争奪

債券市場と商品市場の違い

サブプライム問題は金融市場の問題から、住宅ローンの不良債権問題、格付問題、ひいては公的資金注入の是非など政治問題にその中心を移した。昨今の金融市場では、いつ原油、商品、農産物などの商品市場がピークアウトするかが次の最大のリスクとして話されている。

世界の金融市場の残高規模は大体、株式市場が7000兆円、債券市場(国債と社債)が5000兆円なのに対して、金や原油の商品市場は50兆円程度である。もちろん株式や債券で取引される金額はその中の一部であるし、商品市場の外では原油やメタルなどの実需ベースでの取引が大規模に行われている。しかし、指標として金融市場を動かすのは市場残高への需要と供給である。

最近の商品市場では、プロの業者のみならず投資銀行のほか、保険や投資信託などの機関投資家が定期的に投資を始めるなどして需要が膨らみつつあるが、それでも株式や債券に比べると規模ははるかに小さい。小さいということは、少しのお金で価格が変動するということだ。このため中国など新興国の需要が米国経済の鈍化に伴って一服すると、原油など商品の価格も同じく一服する。その価格一服を見て市場が弱気に転じ、利益を確定する売り(利食いという)が大量に出て、価格が下がるのではないかと言われている。1バレル109ドルという史上最高値をみた今こそ、「まだ(価格が上がると皆が思っているときは)はもう(上がらない)なり」という格言を思い出すべきだろう。もちろん市場のこと、そのタイミングは神のみぞ知るなのだが。


資源価格が下がったら

当面のところ小麦、大豆は投機的な動きが続くため、商品市場における焦点は原油にある。原油価格が下がれば、これまで人材育成と技術改善を伴うことなく濡れ手に粟で所得を増やしてきた資源のみの国は真っ先に経済力と政治力を失い、権力者は職を失う。

典型はベネズエラのチャベス大統領であろう。ベネズエラでは原油による収入増加を原資に、「ミシオン(任務)」という社会開発計画を次々と実行、貧困層の生活水準のかさ上げを図ってきた。人材と技術を育てることが経済成長を続けるコツなのだが、国家資産の私的流用と国民への大盤振る舞いばかりが目立ち、有益な投資が行われているのかどうかについて市場では疑問を呈する声が上がっている。

任期満了後に今度は実務を担う首相に就任することが予定されているロシアのプーチン大統領にとって最も大切なことは、原油価格の恩恵を帝国主義的な勢力拡張に使うのではなく、ロシアの生産性向上にどのように転化していけるかどうかである。収入増加による国民の消費増加だけでは経済は長続きしない。この点は、まったく文脈は異なるが日本で「上げ潮政策」を唱導している人々についても当てはまる。インフレにより名目の収入が一時的に増えても、その拡大が長い目でみて持続するためには実質の所得を増やす必要があるため、技術革新やそれを生む人材育成が不可欠である。

これが最大の産油国であるサウジアラビアのサウド家の悩みであった。サウジアラビアは現在、日本の化学会社からの投資、技術提携を進めている。人口の大半を占め、失業問題に悩む若年労働者に高度な技術を身につけさせるべく一生懸命であるが、逆に国民が政府を頼むようになるとモラルハザードが生じてしまうので、バランスを取るのが容易ではないのだ。


人材争奪のグローバル化

こう考えると、前回申し上げた帝国主義の復活についても、米国や中国は息の長い成長が望めそうである一方、ロシア、イスラムは危うい。結局、濡れ手で粟はなく、経済原理は冷徹に貫徹されている。

現在米国のシリコンバレーで起業した中国人やインド人が、どんどん母国に帰り起業している。いまや米国に次ぐベンチャー・キャピタル国は台湾とイスラエルである。共通するキーワードはIT、英語または中国語、人材争奪のグローバリゼーションだ。英国はウィンブルドン方式で他国の優秀者によるフォーラムを作った。日本の東大の危機意識はこの競争力の差にあるが、子供の受験勉強をみていて、「こんな勉強は意味ないよなあ、でも日本の社会では必要か」と慨嘆する父親が多いのではないだろうか。「ゆで蛙・日本」* はどうなるのか、日本の経済力についてのぼんやりした危機意識がはっきり見えてきたように最近強く思う。

* 蛙は、水に入れてじわじわ加熱すると熱湯になっても出られなくなりゆで上がってしまうと言われていることから、危機もじわじわ来ると問題を先送りしてしまい、危機感が薄れてしまうことの例え。

(2008年3月11日脱稿)

 
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Mr. City:金融界で活躍する経済スペシャリスト。各国ビジネスマンとの交流を通して、世界の今を読み解く。
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