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Thu, 28 March 2024

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第15回 ドラキュラがやって来る

第15回 ドラキュラがやって来る

「ドラキュラが英国人の娘ミナとルーシーの生き血を吸ったように、ルーマニア移民が英国に押し寄せて仕事や社会保障を食い尽くす」。ネット上で、ルーマニアとブルガリアに向けられたいわれなき誹謗や中傷が飛び交っている。

両国は2007年に欧州連合(EU)に加盟した。両国出身者はこれまで、英国内で働くのに労働許可証が必要だったが、最長7年の経過期間が終わり、14年1月から就労規制が取り払われる。ルーマニア人もブルガリア人もほかのEU加盟国出身者と同様、英国で自由に働けるようになる。これを受けて英国では、「ルーマニア人やブルガリア人が母国より手厚い社会保障を目当てに英国にやって来る。社会保障ツーリズムだ」「移民に仕事が奪われる」との警戒感が強まっている。5月の統一地方選を前に、英国独立党(UKIP)が党勢拡大のためこの問題を利用していることも論争に拍車をかける。

 

ポーランドやチェコなど10カ国がEUに加盟した04年当時、労働党のブレア政権は「移民数は年5000~1万3000人程度」と予測。だが01年に5万8000人だったイングランド・ウェールズ両地方のポーランド移民は10年後、57万9000人に膨れ上がった。

ポーランド移民はまじめに働くので重宝されるが、仕事にあぶれた英国人労働者には「招かざる客」である。出稼ぎ移民にNHS(国民医療制度)や社会保障をタダ乗りされるとの懸念もくすぶる。

労働党政権下で20万人以上に膨らんだ年間の移民の純増分を10万人未満に抑える方針を打ち出した保守党のキャメロン政権は、慎重にルーマニア、ブルガリア移民の増加予測を避ける一方で、居住権や社会保障申請時の審査を厳しくする考えを示した。ロンドンにあるウェストミンスター・シティ区のロー首長は4月24日、下院行政特別委員会で「ルーマニア移民などの流入は昨夏のロンドン五輪前から始まっている」と証言、「マーブル・アーチでの野宿者や小さな犯罪が増えている」と関連性を示唆した。

「移動の自由」を認めたEU基本原則にもホンネとタテマエがある。欧州26カ国の国民にパスポートなしでの移動を認めた「シェンゲン協定」への加盟を求めるルーマニアとブルガリアに対して、ドイツのフリードリヒ内相は3月、公然と拒否権行使を振りかざし、オランダとフィンランドが追従した。シェンゲン協定への加盟は全会一致が条件なので、ドイツなどの反対で協議は今年末に先送りされた。ルーマニアとブルガリアの加盟は過去2年間、棚上げされたままだ。フリードリヒ内相は「腐敗、組織犯罪の取り締まり、司法制度などの面で両国は基準を満たしていない」と指摘する。

 

ロンドンで開かれたある会合で偶然、ディミトロフ駐英ブルガリア大使と隣り合わせた。最近の騒動について尋ねてみると、大使は「EU域内で自由に働けるという権利と社会保障の不正請求を一緒くたにした議論にはとても同意できない」と静かな口調で話した。「英国ではほかのEU加盟国の国民は自由に働いている。英国で既に働いているブルガリア人は若い独身者がほとんどだ。彼らは医療や社会保障が必要なのではなく、働くために英国にやって来ている」。シェンゲン協定をめぐる議論について、大使はドイツを名指しすることは避けたが、「ブルガリアは既に基準を満たしている。しかし、少なくとも1カ国が国内の政治的な理由で認めようとしない」と語気を強めた。

英国で暮らすルーマニア移民は8万人、ブルガリア移民は2万6000人だ。就労規制の解除で、両国の移民は英国よりも言語体系が良く似ているイタリアやスペインに流入するとみられている。04年と同じように移民が英国で爆発的に増えるという根拠は乏しいが、英国経済の冷え込みが不安感を増幅させている。

ロマの問題が背後に隠れていると僕は思う。かつて「ジプシー」と呼ばれたロマはインド北西部から欧州などに移動した民族で、世界各地に1000万人超が暮らしている。ロマが多いルーマニアとブルガリアがEUに加盟した後、ほかの加盟国のロマ人口が急増して社会問題になっている。大使は「ロマの問題は関係ない」と否定したが、果たして本当だろうか。移動の自由と人権を旗印に掲げるEUの理念は既に自壊を始めている。

 
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木村正人氏木村正人(きむら・まさと)
在英国際ジャーナリスト。大阪府警キャップなど産経新聞で16年間、事件記者。元ロンドン支局長。元慶応大法科大学院非常勤講師(憲法)。2002~03年米コロンビア大東アジア研究所客員研究員。著書に「EU崩壊」「見えない世界戦争」。
ブログ: 木村正人のロンドンでつぶやいたろう
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