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Wed, 09 October 2024
松生紘子舞台美術家
松生紘子さん

[ 後編 ] デザイナーとしての自分の能力を見極めるため、ロンドンの大学院で学ぼうと渡英。語学学校で朝から晩まで英語を学び、見事大学院に合格したが、デザイナーとしての松生さんを、本人も知らぬ間に成長させたのは、学校の授業ではなく、彼女の舞台への情熱がつないだ多くの人たちとの関係だった。全2回の後編。
プロフィール
まつおひろこ - 長野県軽井沢生まれ、大阪府育ち。大阪芸術大学舞台芸術学科卒業後、劇団四季に入団。技術部に所属し、数々の作品のデザインを手掛ける一方で、舞台美術家・土屋茂昭氏のアシスタントとしても活動する。2009年に退団後、渡英。語学学校を経て、10年、セントラル・スクール・オブ・スピーチ・アンド・ドラマの修士課程である空間デザイン・コースに入学し、翌年卒業。現在は舞台美術家アントニー・マクドナルド氏のアシスタントとして活躍しつつ、日本でも複数の劇団の舞台美術に携わる。今年3月には、仲間とともに立ち上げた「Edible Opera」がイングリッシュ・ナショナル・オペラと手掛けたイベントが好評を博した。www.edibleopera.com

 

もう一つの「リップ・サービス」

ロンドンの大学院で自分の能力を見極め、もしだめだと思ったら、舞台には関わり続けるけれどもデザイナーとしての道はきっぱり諦めようと決意し渡英した松生さん。「アイ・アム」の過去形が「アイ・ワズ」であることすらあやふやだった英語力を磨くため、語学学校の一番下のクラスで学ぶことからスタート。英語漬けの日々を過ごしているとき、日本から一本の国際電話が入った。電話の主は、兵庫県立芸術文化センターの技術部長。同センターで上演されるオペラの打ち合わせがロンドンで行われるので、通訳をしてほしいという打診だった。通訳こそ断った松生さんだが、同席だけさせてほしいと頼み現場に行くと、そこには英国での生活を変えることになる出会いが待っていた。その作品の舞台美術を務め、世界各地で活躍するサイモン・ホルツワース氏に、打ち合わせ後の食事の席でポートフォリオを見せ、人手が必要になったら連絡してほしいと伝えたところ、「電話するよ」との返事。これまたリップ・サービスかと思いきや、本当に連絡がきた。模型制作などに携わったところ、その日の夜には「翌日も来てほしい」と言われ、翌日に赴けばまた今度――そうやってサイモンさんとの協同作業は、学校のない週末限定で断続的に続くことになる。

侍の役者と和風の部屋と庭をイメージした舞台セット
2012年1月、日本で担当した「中島鉄砲火薬店」のセット

一方、平日には語学の猛勉強が続いていた。その甲斐あって、英語力は飛躍的に向上し、申請を出した大学院4校すべてに合格。中には英国最高峰と呼ばれる演劇学校もあったが、選んだのは、演劇学校としての評価は高いものの、デザイン・コースは新設されたばかりという学校だった。理由は、唯一ポートフォリオに突っ込みを入れた先生がいたから、そしてクラスメートの数が比較的多く「才能ある人たちと切磋琢磨する」という当初の目的に合っていたから。とはいえ、授業は松生さんにとって予想外の内容が多かった。学ぶのは「空間とボディの関係など、これまで考えたこともなかったことばかりで芝居のデザインを考える課題はゼロ」。それならば、とインターンシップの代わりに「他コースの生徒と芝居をつくること」を選択。他コースの授業にも参加しつつ作品づくりをしたことで、現在も続く貴重な人脈を築くことができた。

「好き」か、「やりたい」か

結局、大学院時代には「自分を見極める」暇もなかった。しかし、劇団四季時代と比べれば千分の一に減った予算の中で作品をつくる過程で、それまでの自分が思いもしなかったアイデアが出てくるようになった。予算が極端に少ない場合、何を取捨選択してデザインするかが問われるからと、今になれば思う。卒業後にはサイモンさんの友人で、世界的な舞台美術家のアントニー・マクドナルド氏のアシスタントとして働くことが決まっていた松生さんは、「先が続いているからもうちょっとやってみよう」と英国に留まることを決めた。

豪華な舞台と舞台女優
Edible Operaの「Sumptuous Supper」

現在は、アントニーさんが手掛ける英国内外の作品づくりに加わる一方で、日本から依頼を受けた作品の舞台美術を手掛けたり、仲間と立ち上げた「Edible Opera」でオペラと食を組み合わせたユニークな活動を行ったり。その無尽蔵のスタミナには恐れ入るばかりだ。劇団四季では「時間で物事を計らず、良いものをつくるためなら何でもする」姿勢を学び、昼夜を問わず働いた。「お金より経験」が大切だからと、サイモンさんのもとで働く当初は無給で仕事を引き受けた。良い舞台をつくりたいとがむしゃらに突き進んできたことが、結果的に新たな出会いを導き、次の地平へと進むきっかけを生み出した。「今この作品をやりたいか」「一緒に働く人が好きか」の2点が、仕事を引き受ける際の試金石。これからも「やりたい」「好き」という気持ちに後押しされつつ、突っ走っていく。

 

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