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Fri, 29 March 2024

「1票の格差問題」は英国にはない?首相の給与はどちらが高い?
英日の総選挙・
国会議員を徹底比較

英日の国会議事堂いよいよ5月7日に英国の総選挙が実施される。今回の選挙では保守党と労働党のどちらも過半数を獲得できない可能性が高いことから、英国の二大政党制は終焉を迎えつつあるとの見方も示されている。英国の政治制度はもはや機能不全に陥っているのか。議会政治の発祥国から日本が見習うべき点はもうないのだろうか。英国政治学者の菊川智文氏の解説と合わせて、英日の選挙制度及び政治家を徹底比較する。

菊川智文解説者:菊川智文(きくがわ・ともふみ)
英国政治研究者。1956年生まれ、愛媛県出身、京都大学法学部卒。スターリング大学で国際関係論・ネゴシエーション論の博士号を取得。著書に「イギリス政治はおもしろい(PHP研究所)」など。今年4月に発表された、英国政府機関に勤務する夫人が執筆した「なおみ(Kindle書籍)」の翻訳も手掛けている。この小説は、日本の首相に就任した英国人女性を主人公とするもの。
http://kikugawa.co.uk
https://twitter.com/tomo_kikugawa

*本稿記載のデータは、2010年5月に英国で実施された総選挙及び2014年12月に日本で実施された総選挙の結果を中心に、2015年5月7日以前に公開された情報に基づいています。また為替レートは1ポンド=175円で計算。
Sources: 英議会ホームページ(www.parliament.uk)、英国選挙管理委員会(www.electoralcommission.org.uk)e-Gov (http://law.e-gov.go.jp)、内閣官房ホームページ(www.cas.go.jp)、BBC Online News、The Economistほか

選挙制度

英国小選挙区制

日本小選挙区比例 代表並立制

英国の総選挙は小選挙区制を採用。有権者は、各選挙区の立候補者の中から下院議員として最も相応しいと思われる者を1名選ぶ。最多票を得た者が当選。候補者は最多票を得ない限り、どれだけトップと僅差であっても落選となるため、いわゆる「死票」が多い。一方で仕組みは単純明快。また小選挙区制度の下では、二大政党制が形成されやすいと言われている。そこで第三政党である自由民主党は、投票者が複数の候補者に対して順位付けを行い、この順位に応じて票を分配する「優先順位付き連記投票制」への変更を希望。2011年に導入の是非をめぐって国民投票が行われた結果、否決された。

一方の日本は、小選挙区制と比例代表制の並立制。投票者は、小選挙区で候補者を1名、比例代表では支持政党名を1つ選び、計2票を投じる。後者では得票数に「比例」するよう各政党に議席を配分。各党が事前に提出した名簿に記載されている候補者の中から当選者が決まる。

日本の衆院選ではこの小選挙区比例代表並立制を1996年から採用。長らく続いた自由民主党の一党優位や派閥争いを解消し、英国のような二大政党制を実現することなどを目的として、各選挙区から複数の当選者が選ばれる中選挙区制度から移行した。

* 最多得票者が過半数を得れば当選が決定。過半数以下の場合はいずれかの候補者が過半数を占めるまで第2順位以下の票を加算していく。

SNPのスタージョン党首英国人は、小選挙区制が大好きです。この制度は当分変わらないでしょう。また二大政党制が崩れつつあるとの見方を示す識者もいますが、私はそうは思いません。今回の選挙が混戦模様となっている理由の一つに、移民問題の解決を訴える英国独立党(UKIP)が保守党支持者を、またスコットランドで巧みな政権運営を行っているスコットランド国民党(SNP)が労働党支持者を奪っているという状況があります。逆に言えば、移民問題さえ鎮静化すれば、もしくはSNPが政権運営を一度誤れば、二大政党への支持が回復する可能性が高い。またキャメロン保守党党首とミリバンド労働党党首に有権者を惹きつける能力がないことも、両党への支持が集まらない一因となっています。1997年の総選挙で注目を浴びたブレア労働党党首(当時)のような人物が一人現れるだけで、状況は大きく変わるでしょう。

首相・国会議員の年収

英国首相 14万2500ポンド(約2500万円)
議員 6万7060ポンド(約1200万円)

日本首相 3961万8000円
議員 約2134万8000円

キャメロン首相(左)安部首相(右)キャメロン首相の年俸は14万2500ポンド。円換算すると約2500万円となる。一方の安部首相の給与は月額205万円。205万円×12カ月=2460万円でキャメロン首相の給与とほぼ同額だが、安倍首相にはさらに地域手当18%が加算され、月額は241万9000円となる。加えて、ボーナスに相当する期末手当が年2回にわたり支給。この期末手当が、2014年6月期は478万円、同12月期には581万円支払われた。総計すると、3961万8000円(ただし、東日本大震災からの復興のための財源確保を目的として、2012年~2014年にかけては給与・期末手当の3割を自主返納)。つまり、安倍首相の給与は、キャメロン首相の約1.6倍。

そのほかの国会議員に対しては、英国では6万7060ポンド(約1200万円)が給与として支払われている。日本は月額129万4000円、期末手当は2014年6月期が263万円、同12月期が319万円で、総計2134万8000円。英国と比べて日本の議員はほぼ倍額の給与を受け取っていることになる。ちなみに東日本大震災からの復興財源の確保などを目的として、2012年10月から国会議員も給与と期末手当ともに20%を削減していたため、同期間中の受取額は1707万8400円だった。2014年5月より通常額が支給されている。

日本の選挙には、大変多くの費用がかかります。英国の議員の2倍近くに達する給与を受け取ったとしても、選挙活動を行えば、そのお金はほぼ一瞬で消えてしまうでしょう。対照的に、英国では選挙にお金がかからない代わりに、議員の給与も少ない。国民感情などを鑑みて、給与の十分な引き上げに踏み切れなかったのです。代わって、サッチャーやブレアといった過去の首相は議員経費の枠を増やしました。

この経費についても英日で大きな違いがあります。例えば日本では、議員には毎月「文書通信交通滞在費」として毎月100万円を支給。領収書の提出は一切求められないので、それを自分の懐に入れてしまっても事実上お咎めなしです。一方の英国では独立議会倫理基準局(IPSA)が議員の経費を本当に細かく査定しています。

ただ必ずしも英国の制度が良いとは思いません。というのも、議員の経費を査定するIPSAの運営に年間約760万ポンド(約13億3000万円)という莫大な費用がかかっているからです。もしかすると、経費ではなく給与を多めに支給し、「この中で好きにやりくりしてください」とした方が結果的に運営費が少なく済み、より効率的であるかもしれません。

供託金

英国500ポンド(約9万円)

日本300万円

「日本の選挙にはお金がかかる」と言われる際によく引き合いに出されるのが、供託金の金額の高さ。選挙に出馬する際に、立候補者は「供託金」と呼ばれるお金を選挙管理委員会などに預け入れなければならない。この供託金は一定以上の得票をすれば返金されるが、そうでなければ没収。没収金は、選挙ポスターの立て看板設置などの費用に充てられる。

英国の総選挙における供託金は500ポンド(約9万円)。各選挙区で5%以上の票を得れば、返金される。一方の日本の小選挙区は驚きの30倍以上となる300万円。返金されるためには10%以上の得票が必要となる。さらに比例区に出馬する際の供託金は、その倍額となる600万円。日本の選挙は、実にお金がかかる。

公平な選挙を行うためには、誰でも選挙に出馬できる環境が必要です。多額の費用がかかる日本の選挙は明らかに問題。供託金だけに限った話ではありません。選挙活動にも莫大なお金がかかるのですから(ただし、共産党や公明党はかなり安く選挙運動を行っていると思われます)。日本で選挙に出ると、すべての財産を投げ打つということになりかねません。一方の英国では、選挙前の宣伝活動に使うことのできる金額を厳しく制限するなど極力お金がかからない仕組みになっています。また立候補者は別の仕事を続けながら選挙運動を行い、落選すればまた仕事に復帰することが多いので、ずっと気軽に出馬することができるのです。

議員数

英国650人(下院)

日本475人(衆議院)

最近の日本では、議員定数削減の必要性が盛んに論じられている。しかし、意外にも議員数は英国の方が175人も多い。しかも日本の人口は英国の約2倍。つまり、全人口に対する議員数の割合は英国の方が圧倒的に高いことになる。ちなみに、2010年の総選挙で保守党が議員数の削減を掲げていたが、この公約は現政権においては実現しなかった。議員定数削減についての議論は次期国会でも続けられる予定となっている。

英国の政治家も議員定数削減を掲げて「自分たちの身を切る」という姿勢を見せようとしていますが、有権者はあまり関心を示しません。また定数削減と合わせて選挙区の区割りを有利なものに変更しようとする保守党の党利党略も透けて見えます。尚、保守党の区割り改定案は、自由民主党が掲げる上院改革に保守党が反対を示したことから自由民主党も賛成せず、実現には至りませんでした。

議員・閣僚の平均年齢

英国国会議員*1 50歳 / 閣僚 *3 49歳

日本国会議員*2 53歳 / 閣僚 *3 61歳

英国には若い政治家がそろっているかと思いきや、国会議員の平均年齢に関しては英日でさほど大きな違いがない。ちなみに英国の最年長議員は保守党のピーター・タプセル氏で齢85歳、最年少は労働党のパメラ・ナッシュ氏で30歳。日本の最年長は無所属の亀井静香氏で78歳、最年少は民主党の鈴木貴子氏で28歳。

ところが、内閣閣僚に限定すると、英国の政治家は一気に若返る。キャメロン首相は48歳、オズボーン財務相は43歳、閣僚の平均年齢は49歳。一方の日本は、安部首相が60歳、麻生財務相が74歳、閣僚の平均年齢は61歳。その差は歴然としている。

*1: 英国は2010年実施の総選挙直後の下院議員
*2: 日本は2014年実施の総選挙直後の衆議院議員の年齢を基に算出 
*3: 首相を含む。最新の内閣組閣直後の時点での年齢を基に算出

英国では閣僚メンバーを選ぶ際、個々人の政治家としての能力や、党首とどれほど深い関係を築いているかといった要素が重要視されます。年齢はほとんど関係ありません。むしろ、ある程度の年を重ねたら自ら第一線を退く議員が多いですね。

一方、日本の場合は、党内派閥の均衡と年功序列が最大の関心事。自ずと閣僚メンバーには年輩議員が名を連ねることになります。

女性議員の割合

英国23%

日本9%

英国は全議員の2割強に相当する148人が女性。一方の日本は45人で、全体に占める割合は9%。2014年3月に発表された女性の国会議員の割合をまとめたランキングでは、日本は先進国で最低レベルとなる世界127位に位置している。またかつて英国では「鉄の女」と呼ばれたサッチャー首相が長期政権を築いたのは広く知られるところ。日本には女性の首相はいまだ誕生していない。

政治に限ったことではなく、日本では女性の社会進出に対する期待が乏しいというのがまず問題です。また英国では議員としての活動と日常生活にはっきりとした区別をつけますが、日本の議員は24時間営業状態。女性にとっては厳しい環境です。また日本独特の利益誘導型の政治には、女性議員が参画しにくいという面もあるのかもしれません。

投票率

英国65.1%

日本52.66%

2010年に実施された英国の総選挙の投票率は65.1%。ブレア首相が3期目の政権を確保した2005年の選挙から約4%増となった。ちなみに英国の戦後最低記録は、ブレア政権が2選を果たした2001年総選挙の59.4%。一方の日本は「アベノミクス解散」と名付けられた2014年12月の選挙で戦後最低となる52.66%を記録している。

英国でも投票率の低下に対する懸念はしばしば聞かれます。そこで労働党は、選挙権年齢を現行の18歳以上から16歳以上へと引き下げる案を提唱。

16歳と言えば、英国ではまだ義務教育を受けている最中です。若いうちに投票を習慣づけるというこの政策の行方に注目しています。

一票の最大格差

英国5.059倍

日本2.131倍

各地域で投票者数にばらつきがあるにも関わらず、当選する人数が予め一定数に定められていれば、選挙区によって一票の重みが異なる。この違いが大き過ぎると不平等であるとの考えから、一票の重みをできるだけ均等にすべきとする「一票の格差」問題。日本ではこの「一票の格差」がなかなか思うように是正できず、選挙が行われる度に論争に。裁判所が一票の格差が是正されない状況に対して違憲判決を出したこともある。

前回の総選挙で最も登録者数が多かったのは、東京都第1区(千代田区・港区・新宿区)の49万3811人。最少は宮城県第5区(石巻市・東松島市・大崎市ほか)で23万1660人。最大で2倍強の格差が生まれた。一方の英国では、最多となるイングランド南部ワイト島の有権者数が11万177人、最少はスコットランド北部にある諸島アウター・ヘブリディーズ諸島の2万1780人。実に5倍以上の格差があるのだ。

英国民は「一票の格差」に対してはあまり関心を払っていないように見受けられます。彼らにとってより大事なことは、地域性や各地の伝統を受け継いでいくこと。各選挙区は、できるだけ異なる社会背景を持つ地区をまたぐことのないよう配慮しながら区分けされています。地域によってそれぞれ異なる事情があるのだから、国会議員も地域ごとに選びましょうという考え方なのでしょう。前述した議員定数削減に伴う選挙区の区割り変更案でも、5倍もの格差を生じさせているアウター・ヘブリディーズ諸島とワイト島の選挙区は変更しないことになっていました。

全議員中に世襲議員*1 が占める割合

英国9%

日本26% *2

*1: 現役または元議員と親子ないし親戚関係がある議員と定義
*2: 2014年11月29日時点の数字

日本の政治家に世襲議員が多いことはつとに有名。「エコノミスト」誌によると、衆議院議員全体に占める世襲議員の割合は実に4分の1を超える。さらに現内閣閣僚に絞ると19人中10人と、なんと5割強が世襲議員。また安倍首相の一族が岸信介元首相を始めとする多数の政治家を輩出していることはあまりにも有名。

ただ英国においても世襲議員は決して珍しくはない。現役または元議員と親子ないし親戚関係がある英下院議員は57人で、全体の約9%を占める。さらには4代目の国会議員となる「4世議員」が3名も存在。ブラウン政権で環境・食料・農村問題相を務めたヒラリー・ベン議員は、そんな4世議員の一人だ。

どの国でも人脈は政治家にとって重要です。例えば、英国で労働党議員として活動するとしましょう。労働組合と強いつながりを持つ労働党議員が自分の家族にいた場合、その家族から紹介を受ければ、大きな助けになります。また同じパブリック・スクールに通うなどして築いた人脈も英国では大きな意味を持ちます。

しかし、世襲議員による「地盤継承」という考え方は英国にはありません(親と同じ選挙区から出馬または当選することはあります)。日本では地盤が利益共同体的な役割を果たしています。その共同体が世襲議員もしくはその代わりの人を神輿のように担ぐという独特の構図が日本には存在しているのです。

菊川氏に聞く英日の政治の違い
「日本は国民主権、英国は議会主権」

英国と日本では、政治家に求められる役割が異なります。日本において有権者が国会議員とコミュニケーションを図る場合は、特定の役所に働き掛けて何かをしてほしいという陳情がほとんどです。違う言い方をするならば、日本の政治は各地域・業界団体などへの利益誘導型。日本では政治家は有権者の希望を叶え、不満を解消するために働くのです。  

一方、英国民は国会議員に対して公平に振る舞うことを求めます。そのため、議員が自分の影響力を使って特定の個人や組織のために非公式に動くということはあり得ません。(メディアのおとり捜査などで発覚した場合は大問題となります)議員は「サージェリー」と呼ばれる面会時間を通じて有権者との個人相談を定期的に行い、それぞれの依頼者のために最大の努力をしますが、その際には関係当局に手紙を書くなど、公式な経路を使います。だから、英国には政党選挙区支部の資金集めや政党本部の献金集めのためのパーティーはあっても、日本のような政治家の後援会や、多額の政治資金集めを目的としたパーティーは見られません。総選挙にしても、それぞれの選挙区で選挙活動の中心を担うのは基本的に各党の支部であって、議員がお金を出して選挙活動を行うのではない。そして各政党には、この国をいかに変えたいのかという展望を示すことが求められます。

この違いはどこから生まれるのか。政治風土に加えて、私は特に国民主権と議会主権の違いにあると思います。日本には成文憲法がありますよね。そしてその憲法には、日本は国民主権の国であると定められています。一方の英国は議会主権の国。国民から負託を受けた議会が主権を持ちます。不文憲法なので、国会で法律が決まれば、それは憲法の一部となる。議会がそれだけ大きな権限を持っているのです。英国の首相を「選挙で選ばれた独裁」と呼ぶこともあります。だから有権者たちは、政権や首相が変われば、自身の選挙区を超えて、国全体の制度が一変するという感覚を持つのです。例えば政権を握れば、消費税を始めとする税額を変えるのは非常に簡単。この国では突然「今日の午後6時から燃料税が下がります」なんて発表が頻繁に行われているわけですから。この「首相が交代すれば、国が一変する」という感覚は、概して日本の政治に欠けているものではないかと思います。

 

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