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Thu, 25 April 2024

誕生125年 - ロンドンの街を疾走するブラック・キャブにまつわる A to Z

ブラック・キャブとは

ロンドンを象徴するイメージの一つに挙がることの多い、クラシックな外見が特徴的な黒色の公共タクシー、通称ブラック・キャブ。今年はブラック・キャブが世界で初めてライセンス式の認可タクシーとしてロンドンで生まれてから125年を迎える。本誌では、その誕生の歴史や運営の仕組み、世界一難しいといわれるキャブ・ドライバーになるための試験、さらには天敵ともいえるUberとの関係などを紹介する。(文:英国ニュースダイジェスト編集部)

参考: www.taxis-in-chester.co.ukhttps://tfl.gov.ukwww.mylondon.newswww.youtube.com/thutley ほか

ブラック・キャブとは

正式にはロンドン・タクシー(London Taxi)といい、2000年からロンドン交通局(TfL)に管理されている。かつては黒塗装のものしかなかったため「ブラック・キャブ」(Black Cab)が通称となっているが、新型車に変わってからはさまざまな色の塗装や、ラッピング広告された車両も存在する。ちなみにキャブは二輪馬車を意味するフランス語「カブリオレ」(Cabriolet)の略。タクシーの運転手を口語で「キャビー」と呼ぶのもここから来ている。

2022年3月時点で登録されているロンドン市内を走るブラック・キャブは5万8000台。これはおよそロンドンの人口1000人に対し10.6台のブラック・キャブが存在する計算になるという。ブラック・キャブの台数は微少ながらも2021年から増加中とのこと。

ブラック・キャブを解剖する

ここ125年の産業技術や人々の暮らしの変化に合わせ、辻馬車からEVへと発展を遂げてきたブラック・キャブの姿を簡単に紹介する。

ハックニー・コーチが起源

ロンドン市内を走るブラック・キャブの歴史は、元をたどれば1662年にタクシーの用途として許可された辻馬車「ハックニー・コーチ」(Hackney Coach)に端を発する。「ハックニー」は、「馬を雇うことができる」という意味で使われていたノルマン・フランス語の「hacquenee」に由来する。ちなみにこの言葉は実際に今でも使われており、特に年配の世代のなかにはブラック・キャブのことをハックニー・コーチと呼ぶ人もいる。

手軽さが受けたハックニー・コーチはロンドンでは1760年代初頭までに1000台以上運行されていた。しかし乱暴な運転手と粗悪な馬車のせいで、住民たちからは「ハックニー・ヘル・カート」と呼ばれたそう。しかし1800年代になると開放可能な屋根を備えたフランスの二輪馬車カブリオレが登場。その後、さらなる改良が行われ、1頭の馬しか必要としない軽量で機敏なハンサム製の馬車(Hansom Cab)の導入につながった。1901年からは当時登場間もない自動車も使われるようになり、1897年に許可タクシーとなって現在に至る。

便利だが粗暴なハックニー・コーチを描いた19世紀の銅版画便利だが粗暴なハックニー・コーチを描いた19世紀の銅版画

ところで、タクシーという言葉はギリシア語のtaxis(「走る能力」の意)に由来し、馬車に引かれず、乗客を乗せ自走する車が出現した際に、英語ではタクシーと呼ばれるようになった。従って、現在ではロンドン・タクシー、キャブ、ハックニー・コーチなどさまざまな呼称があることになる。

20世紀初頭の軽量な辻馬車20世紀初頭の軽量な辻馬車

メーター制について

1891年にドイツ人のフリードリヒ・ブルン(Friedrich Bruhn)によってタクシー・メーターが開発された。メーターを搭載した最初のキャブがロンドンを走ったのは1897年。メーターは、もともと車の外側に取り付けられる機械装置だったが、1980年代までに車内に設置されるようになった。ちなみにロンドン市内を走るブラック・キャブの運賃はTfLにより定められており、現在の初乗り料金は3.80ポンド(約640円)に設定されている。1.6キロ(約6~13分)で6.40~10ポンド、22時~翌朝5時は夜間料金で同距離が8~11.20ポンドとなる。また、追加料金が発生する場合は、スタート時点でメーターへの加算が義務付けられている。タクシーを事前予約した場合や、ヒースロー空港から乗車した場合、そしてクリスマスや正月時期にも追加料金あり。

ブラック・キャブはなぜ黒い

1948年の車種であるオースティンFX3が、黒塗りスタイルのキャブを有名にした。第二次世界大戦直後の物資不足に製造されたキャブは一様に黒で塗られており、別の色が欲しい場合は追加料金を支払う必要があった。当時、金銭的余裕がある運転手はそう多くはおらず、ほとんどの運転手が黒いままにした。それ以来、ロンドンのほとんどのタクシーは識別しやすいように黒色のままになり、またそれがステイタスともなった。現在では広告をまとった派手な車両もあるが、それらも同じブラック・キャブなので安心して乗車して構わない。色は違えど、クラシックな見た目と正面に付いたTAXIという黄色いランプで判別できる。

ブラック・キャブ

どこを走っている

ロンドン・タクシーとはいわれるものの、実際には英国の多くの主要都市で運営している。ロンドンでは市内を走行するグリーン・バッジとロンドン郊外を専門にするイエロー・バッジでドライバーの取得する資格も分かれる。また、ブラック・キャブが完全予約制のミニ・キャブ(Private Hire Vercle=PHV)やスマホ・アプリを使って配車をするUberと大きく異なる点は、乗客が道で流しのキャブを拾える点。もちろん事前予約や、駅前などのタクシー乗り場で乗ることも可能だ。

キャブのドライバーについて知る

ナビもなしでロンドンの街を縦横無断に走行するブラック・キャブの運転手たち。
プロフェッショナルな仕事ぶりの裏にはどんな陰の努力があるのだろうか。

どんな性格が向いている

ブラック・キャブの運転に向いているのは、記憶力が良く、方向音痴ではないことに加え、渋滞などの道路事情から酔った客の相手まで、運転中の思わぬ出来事にも対処しなくてはならないため、プレッシャーに強くどんなときでも落ち着いて行動できる人。

また、運転手として応募する際の規定としては、18歳以上で普通自動車免許を持ち、英国に住み働く資格を持っていることが挙げられる。さらに、犯罪行為の有無や健康状態、税金をきちんと支払っているかなどを証明する書類提出があり、受験料や登録料、証明書などを総合すると応募するだけで1000ポンド以上かかる計算になる。また、ブラック・キャブを運転するための資格試験「ナレッジ・テスト」(The Knowledge)は、世界で一番難しいといわれている。合格するには専門の学校に通うのが早道とされているが、2~4年の勉強とトレーニングが必要な上、晴れて資格を得た後は、4万5000~6万5000ポンドの車両を自腹で購入するので、ある程度の貯金を持っている人、ともいえる。

世界一難しいテストとは

ブラック・キャブのドライバーになるには、乗客を最適なルートで目的地へ送り届けるために、4万以上あるロンドンの通りや主なランドマークを全て頭に叩き込まなければいけない。これを試すのが1865年にできたナレッジ・テストで、受験勉強中の脱落率が70パーセントにもなる厳しいテストだ。

まず手始めに「青い本」と呼ばれる学習ガイドに沿って学ぶが、ここにはロンドン中心部チャリング・クロスの半径6マイル(10キロ)内にある320のルートが掲載されている。これらのルートに加えて、各ルートの始点と終点から半径4分の1マイル以内にある全ての道路とランドマークを覚える。テストは全部で7段階あり、一定の期間を置いて行われる。筆記や口頭などその方法はさまざまだが、ステージ2の筆記試験はランダムに出される5つのルートとそのランドマークに関する25問の質問に答え、60パーセント正解できたら、次のステージに進める。なお、最初のテストは「青い本」を手にしてから2年以内に受けなければいけない。地図を眺めているだけでは到底覚えきれないので、受験者はバイクやスクーターを使い実際に道を走って確かめるほか、ポイントを教えてくれる予備校へも入学する。携帯やカーナビの使用が主流になった世の中だが、それを使わず乗客から告げられた行先を聞くなり走り出すことのできるブラック・キャブのドライバーたち。自分の仕事に大きな誇りを持つのも当然といえる。

ドライバーは道路1本1本の名前を全て覚えるドライバーは道路1本1本の名前を全て覚える

給料と勤務形態

ロンドンのブラック・キャブの運転手は自営業者であり、独自の勤務時間数を決定することができる。多くの運転手は、2週間通して働き、その後続けて数日間休みを取るスタイルだという。1日の勤務は8時間がスタンダードだが、長いと12時間も路上に出ているときもある。これはなかなか客が見つからず、自分で決めた一定の金額まで稼ごうとした場合に起こりがちな現象だそうで、繁忙期とそうでない時間帯の差も大きい。勤務時間が異なるので給与には個人差があるが、見積もりによると、平均的なブラック・キャブの運転手は週に約625ポンド稼いでいるという結果が出た。また一方で、年6万ポンドを叩き出す優秀なドライバーもいる。

客を待つ間に「タイムズ」紙を読むブラック・キャブの運転手も客を待つ間に「タイムズ」紙を読むブラック・キャブの運転手も

Uberとの熾烈(しれつ)な戦い

ブラック・キャブよりも手軽で安いとUberに顧客を奪われているブラック・キャブ。その評判は本当に正しいのだろうか。あらためて検証する。

Uber参入で何が起きた

米国発のUberが英国に参入したのは2012年。ブラック・キャブとも私営のミニ・キャブとも全く別形態の予約システムを持った携帯アプリは、1日の登録者数が導入時の前週比で850パーセント増を記録するなど快進撃を続け、ブラック・キャブの運転手たちを震え上がらせた。2014年にブラック・キャブの運転手たちはロンドン中心部で大規模なストライキを起こし、Uberとタクシー事業の規制を管轄するTfLに抗議活動を行った。このとき、約4000人~1万2000人がストライキに参加したと報じられている。運転手たちがTfLにも抗議していたのは、当初市内で合法的に営業する許可をUberに与えたためだが、後に、Uberドライバーの不正行為や必要な規制に従わないことを理由に、TfLが同社のライセンス要求を拒否。UberとTfLの戦いの幕がここに切って落とされ、以来数年にわたり拒否と許可の間を行き来するなど、集団訴訟を含む法廷闘争が両者の間で続いている。

Uber社は現在、欧州連合(EU)のタクシー運転手に積極的な金銭的インセンティブを提供することで、長年にわたる戦いに終止符を打とうとしている。すでに世界中の225の都市でUberを使用してタクシーを呼ぶことができ、2022年9月以降、米ニューヨークの公営タクシーであるイエロー・キャブがUberのアプリで利用できるようになった。次にUberが狙いを定めるのは英国のブラック・キャブだといわれている。だが、ロンドン・キャブ運転手組合の会長グラント・デービス氏は、「Uberは必要ない。すでにFree NowやGettなどほかのアプリがあるし、手数料のかからない別の新しいアプリも登場している」と拒否する姿勢を貫いている。

2016年2月、Uberに対して行ったブラック・キャブ組合のデモ2016年2月、Uberに対して行ったブラック・キャブ組合のデモ

「Uberの方が安い」は本当か

Uberの方がブラック・キャブより安いと信じて利用していると、そうばかりでもないときがある。例えば、Uberはオフィスの仕事が終わった時間帯や学校に子どもを迎えに行く時間など、利用者が多く混み合う時間帯を選んで、基本料金に割増料金の倍率が掛け合わされる仕組みになっている。この設定は、Uberのシステムが各地域の求車状況をモニタリングすることにより秒単位で変動しており、アプリをみている間に瞬く間に5ポンドも値上がりしたというケースもある。このようなシステムはサージ・プライシング(Surge Pricing)というUber独自のシステムで、サージ・プライスを導入することで、ピーク時に働くドライバーの数を増やすことができるとしているが、批判の声もある。

サージ・プライシングが発動されるエリアは、交通が渋滞をしている場合が多々ある。ピーク時に1カ所にUberの車が集まることでさらなる渋滞が起き、高い料金を払い渋滞に巻き込まれるといった負のサイクルが起きる可能性が高い。一方ブラック・キャブは、通常、固定料金表やメーターに依存しているため、料金は一定しており見積もられた料金と一致している。そのためかえってUberより割安になる場合がある。

Uberはドライバーもアプリでに客の居場所が分かるUberはドライバーもアプリでに客の居場所が分かる

実際の距離で値段を比較

ブラック・キャブで実際の距離を走行し、Uberのアプリと値段を比較した場合、下記のような結果が出た。ドライバーがどの道を通るのかでも差が出るので、ブラック・キャブの運転手は腕の見せどころともいえる。

ベーカー・ストリート駅 →
メイフェアの五つ星ホテル「クラリッジス」
  • ● ブラック・キャブ:6.80ポンド
  • ● Uber:7.86ポンド
メイフェアのバークレー・スクエア →
観覧車「ロンドン・アイ」
  • ● ブラック・キャブ:17.40ポンド
    (大混雑に巻き込まれ時間がかかった)
  • ● Uber:10.25ポンド
    (出発前の価格なので、このあと増加の可能性)

出典:www.youtube.com/thutley

ブラック・キャブにまつわる小ネタ

キャブ・シェルター「グリーン・ハット」とは

ロンドンの街中で時折見掛けるグリーン・ハットと呼ばれる小さな建物は、かつては辻馬車の運転手たちの休憩所だった。新聞記者のジョージ・アームストロングとシャフツベリー公爵の慈善活動によって1875~1914年にロンドン中に61カ所作られた。自分の持ち場から遠く離れずに、簡単に温かい食事が取れる貴重な場所だったとされ、そこでは自分で調理をすることもできたという。13戸が現存しているが、全てグレードIIのリステッド・ビルディングに指定されており、鍵が閉まっているところが多い。コーヒーや紅茶のほか軽食を格安で販売するが、利用できるのは今でもキャブ・ドライバーのみだという。

一般人は中に入れない「グリーン・ハット」一般人は中に入れない「グリーン・ハット」

キャビ一たちの使うスラング

観光でロンドンに来たり、あまりブラック・キャブを使う機会のない人にとっては特殊な方言のようにも聞こえる運転手たちの話し方。キャビ一のスラングを覚えればロンドンの街がより身近になるかもしれない。①sherbet=キャブ。sherbet dabという駄菓子のdabのリズムがキャブに似ていることから。②musher=自分のキャブを運転するドライバー。musher's lotionは雨のこと。③flyer=空港で客を待つドライバー。④kipper season=1月。稼ぎが少なくてニシンしか食べられない時期。⑤the burst=劇場や学校などから一気に人が出てくる様子。⑥Oranges and lemons=ロンドンの主要道路。地図A to Zに掲載された道路の色から。⑦Churchill=食べ物。チャーチルが運転手に食事中の乗車を拒否する権利を与えたことから。⑧Bilker=無賃乗車をする客。⑨copperbottom=長時間勤務。⑩single pin=1人だけの乗客。

知ってた? ブラック・キャブの乗り方

流しのブラック・キャブを拾う場合は、車体正面上部のTAXIと書かれたランプが黄色に点灯していれば空車。手を挙げて止まったら、いきなり乗り込まずに助手席の窓から行先を告げる。大体いくらかかりそうか聞いておけばなお安心。運転手の了解を得たら、自分でドアを開けて乗り込む。降車時、カードで支払う場合は車内に搭載されているカード決済機器を利用。現金の場合は、いったん降りてから助手席の窓から支払うが、最近では日本のように車内で払う人も多いのでどちらでも構わない。現金払いの際は料金の約10パーセントをチップとして置き、カード払いの場合はパーセントを選べば加算される。降りるときも自分でドアを開けて降りる。

乗車する前にドライバーに行き先を告げる乗車する前にドライバーに行き先を告げる

ドライバーとの間には透明の仕切り窓があるドライバーとの間には透明の仕切り窓がある

 

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