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Mon, 11 November 2024

フォートナム・アンド・メイソンの伝統と革新

もはや観光客のメッカともなっている巨大デパートのハロッズ、流行の最先端をいくハーヴェイ・ニコルズ、そして生活に密着した商品が豊富なジョン・ルイス……。ロンドンにデパートは数あれど、ここより強く「英国らしさ」を感じるところはないだろう。フォートナム・アンド・メイソン。ロンドン中心部、ピカデリー・サーカスに泰然と佇む英国の誇る老舗、フォートナム・アンド・メイソンは今年、300周年を迎える。今回は改装工事を終え、生まれ変わったばかりのフォートナム・アンド・メイソンの伝統と革新、2つの面を徹底解剖してみたい。(本誌編集部: 村上祥子)

英国発展の歴史とともに
フォートナム・アンド・メイソンの歩み

今年で300周年を迎えたフォートナム・アンド・メイソン(F&M)。伝統を頑なに守る印象を受けるこのデパートはしかし、めまぐるしく変わる流行の波に流されることなく独自の道を守る一方で、新しい息吹を取り入れる柔軟性も併せ持っている。イングランドとスコットランドが連合し、グレート・ブリテン王国が誕生した1707年に創業。以来、F&Mは時代とともに、そして時には自らが時代をつくりつつ、英国の歩む歴史の中にその足跡を残してきた。時代の革新がつくり上げる伝統。まずは英国発展の歴史とともにあったF&Mの歩みを見てみよう。

アン女王
フォートナム青年が仕えた
アン女王

1707年 創業
1705年、ロンドン中心部のセント・ジェームス・マーケットに小さな店を構えていたヒュー・メイソン氏の自宅の空き部屋に、オックスフォードからウィリアム・フォートナム青年が越してきた。アン女王の従僕になったフォートナム氏は、女王の宮殿内で蜜蝋(みつろう)の取り替えを毎晩行っていた時に、ロウソクの燃えさしを売る商売が成り立つのではないかと思い付く。そして大家のメイソン氏とともにデューク・ストリートで商売を始めたのが英国の誇るデパート、F&Mの始まりとなった。

1794年 郵便事業で集客力アップ
1839年に中央郵便局が開局するまで、英国では誰もが郵便事業を行うことが可能だった。そこでF&Mは1794年、店舗内に郵便箱を設置し、1日に6回、郵便物を回収するサービスを開始した。そして郵便目当てでショップを訪れた人々を、F&Mの独創的なディスプレイやインテリアが魅了、新たな顧客の獲得に成功したのである。

プレハブ形式のクリスタル・パレス
万国博覧会の舞台となった
プレハブ形式のクリスタル・
パレス

1851年 レディ・ミールの元祖
1851年、ロンドンのハイド・パークで万国博覧会が開催された。この博覧会でF&Mはバラエティ豊かな「ナッツ、種、フルーツ」の展示で最優秀賞を獲得したのだが、偉業はそれだけに留まらなかった。本博覧会では、予め工場で部品を生産・加工し、現場では組み立てるのみという「プレハブ」の概念が紹介されたのだが、ここに目を付けたのがF&M。その概念を料理に生かし、調理・盛り付け済みの料理を考案したのである。これが現在、誰もがお世話になっている「レディ・ミール」の出発点となった。

「クリミアの天使」ナイチンゲール
「クリミアの天使」ナイチン
ゲール

1855年 ナイチンゲールもF&M製品を食べた!?
1853年、オスマン帝国(現トルコ)領内のエルサレムをめぐり、ロシアとトルコが戦い、翌年に英国もトルコ側について出兵したクリミア戦争。この戦争では、後に「クリミアの天使」と呼ばれるようになる看護婦、ナイチンゲールの活躍が世に広く知られているが、このナイチンゲールも戦場でF&Mの食品を食べていたと言われている。
時の女王、ビクトリアは1855年、ナイチンゲールが従事するスクタリ(現ユスキュダル)の病院の悲惨な状況を知るや、彼女の元へ大量の濃縮牛肉スープを送るよう、F&Mに命令。ナイチンゲールが苦境の中にあっても精力的に働くことができたのは、F&Mのスープのおかげなのかもしれない。

アン女王
ハインツ

1886年 ハインツを英国に広める
英国人のソフル・フードとも言えるベイクド・ビーンズ。そのベイクド・ビーンズの大御所と言えば誰もがハインツの缶詰を思い浮かべるのではないだろうか。この缶詰を初めて英国で販売したのも、なんとF&Mだったのだ。1886年、ハインツ氏は米国から5箱のベイクド・ビーンズの缶詰を持って英国の地に降り立った。その彼が一番初めに訪れたのがF&M。5箱すべてを引き取ったF&Mは早速、販売をスタートさせた。多くの食通をうならせたハインツのベイクド・ビーンズは、やがて全国に広まった。

英国最大の競馬レース、ロイヤル・アスコットでピクニックを楽しむ人々
「英国最大の競馬レース、
ロイヤル・アスコットで
ピクニックを楽しむ人々

18-19世紀 英国人のピクニック好きはここから始まった!?
英国人がF&Mと言われて紅茶とともに思い出すのが「ハンパー」。見慣れない言葉だが、バスケットにロースト・チキンやチーズ、ケーキなどの食べ物と、シャンパンなどの飲み物を詰めた、英国ではお馴染みのものだ。F&Mはこのハンパーの生みの親。18~19世紀には、ハンパーを持ってイングランド南部や西部に旅行へ行く人が大勢いたのだそう。時に優雅に、時には手軽にピクニックを楽しむのが大好きな英国人の国民性は、F&Mから生まれたのだ。

1940年代 戦時中でも「エレガントさ」を忘れずに
第二次大戦中、F&Mは軍人たちのために専用の部門を設置、食料品以外にも、害虫除けパウダーや海外のタバコ、ナイフとフォークが一緒になった「スポーク」などを販売した。その他、いかにもF&Mらしいと言えるのがストッキング。戦時中であってもエレガントさを忘れないようにと、軍に従事する女性運転手用に膝上までのストッキングを発明し、特許も取ったのである。

F & Mの歩み
1707 デューク・ストリートでウィリアム・フォートナムとヒュー・メイソンがロウソクを売る小さな店を開店
1756 事業を拡張。ロウソクだけでなく、紅茶や食料雑貨類を売るようになる。店舗を現在の住所に移転
1794 郵便事業を開始
1851 万国博覧会で輸入業者として「ナッツ、種、フルーツ」の部門において金賞受賞
1855 クリミア戦争中、スクタリの病院で働くナイチンゲールの元に食料品を送る
1886 ハインツのベークド・ビーンズを販売する
1925 大改装に着手。レディース、子供服、キッチン用品部門が新たに開設
1931 米・ニューヨークのマディソン・アベニューに7階建ての支店をオープン
1940年代 第二次大戦中に特別軍人部門を設立。食料費以外にも、ナイフとフォークが一緒になった「スポーク」などを販売
1951 カナダ人富豪ガーフィールド・ウェストン氏が買収。現在に至るまでウェストン一族の同店経営が続く
1964 建物正面に時計を設置。鐘は国会議事堂の時計塔「ビッグ・ベン」と同じ鋳造業者により制作された
2004 日本橋三越本店新館にフォートナム・アンド・メイソン・コンセプト・ショップを開店

満を持して新装オープン
新しく生まれ変わったフォートナム・アンド・メイソン

300周年を迎えるにあたって、昨年から店をオープンしたままで改装工事を続けていたF&M。すべての工事を終え先日、ついに新生F&Mがオープンした。広大な売り場面積を誇るハロッズなどの他店と比べると、こじんまりとした感のある店内。商品数も決して多いとは言えないが、そこに置かれたものはどれも選び抜かれた自慢の品ばかり。正装に身を包んだ店員に、ゆとりある商品配置。ここではフロア面積や品数では測れない「英国らしさ」に浸ってみたい。

柔らかい光が差し込む吹き抜け
ショップの中核を成すのが、ほぼ中央に位置する、地階から1階にかけての吹き抜け。
天井を優しく包みこむドーム型のガラスからは、温かい光が注ぎ込む。
現在は各階に飾られたクリスマス・ツリーを一望できる。

 

Ground Floor
フォートナム・メイソンGrond Floorフォートナム・メイソンGrond FloorF&Mと言えば紅茶にスイーツ。もはや英国みやげの代名詞とも言えるこれらの商品が一同に介するのがGround Floor。以前よりも空間に余裕を持たせ、整然とした配置になっているのが嬉しい。品格漂うダークグリーンの紅茶の定番パッケージが、現在は銀色をメインに、アクセントでブランド・カラーの青みがかったグリーン「Eau de Nil」を使ったニュー・デザインに。年末年始の、いつもとは一味違うおみやげにいかが!?


 

First Floor
フォートナム・メイソンFirst Floor扉を開けるとまず出迎えてくれるのが、クリスマス・デコレーション。ツリーに馬車、サンタクロース。奇抜なものはないけれど、欧州でこの時期を過ごす喜びが感じられる、伝統的なクリスマスの姿がここにはある。色とりどりのマカロンでつくられたタワーや砂糖菓子のデコレーション・ケーキには子供も大喜び。

F&M そして紅茶と並び、F&Mの主力商品とも言えるハンパー。300周年を迎える今年は特に種類が豊富。全部で38種類のハンパーが、恭しく鎮座している。別欄でご紹介している300周年記念の「The Tercenturian」(2万ポンドなり!)はもちろんのこと、「The Imperial」「The Winsor」など、商品名からして気品漂うハンパーの数々は、購入することはできなくても、見ているだけでもワクワクしてくる。

 

フォートナム・メイソンSecond FloorSecond Floor
ジュエリー、アクセサリー、下着、ベビー用品やバス用品など、女性の喜ぶすべてがコンパクトにまとめられた階。入り口を入ってすぐのところにある香水売り場は、一見バーのような造りになっている。

 

フォートナム・メイソンThird FloorThird Floor
品格と威厳がフロア中から感じられる、主に紳士物を扱うフロア。実用性と重厚さに溢れた文具や革製品は「英国らしさ」でいっぱいだ。革でできたブタやサイのぬいぐるみは、シックさとキュートさを兼ね合わせた一品。

 

フォートナム・メイソンFourth FloorFourth Floor
紅茶の老舗、F&Mとして忘れてはならないのがアフタヌーン・ティー。階下のカフェでも楽しめるが、ここまで来たらやはりここ、St James's Restaurantで本格的なアフタヌーン・ティーを味わいたい。眼下に王立芸術院が広がる窓際で、正統派3段重ねのトレーに載せられたスコーンやケーキを自社ブレントの紅茶とともに。

 

Lower Ground Floor
フォートナム・メイソンLower Grond Floorフォートナム・メイソンGrond Floor今回の改装で一番の変化を遂げたのがここ、地階。上から覗き込めば、彩りも鮮やかな野菜や果物が顔を出す。正面奥には高級感漂うデリカテッセンと、肉や魚、チーズのコーナーが。左手にはワイン・コーナー。その隣には創立年を冠したバー、1707ワイン・バーがあり、コーナーにあるどんな商品でも一律10ポンドの持ち込み料プラス小売価格で楽しむことができる。

フロア・ガイド
4階 The St James's Restaurant
3階 紳士用小物、革製品、文具、ギフト
2階 婦人服、婦人用小物、ジュエリー、香水/化粧品、赤ちゃん服、赤ちゃん用品、バス用品
1階 クリスマス用品、陶磁器/銀食器、クッキング用品、ハンパー、The Parlour Restaurant
Ground 紅茶/コーヒー、スイーツ、パン、The Fountain Restaurant、The Gallery Restaurant
Lower Ground フードホール、ワイン、1707 Wine Bar
FORTNUM & MASON
181 Piccadilly W1
最寄駅: Piccadilly Circus
営業時間: 月~土10:00~20:00、日12:00~18:00 (12月3日より月~土9:00~21:00、日12:00~18:00)

今しか買えない限定品
注目の300周年記念グッズ

パッケージ 「無限の時」を刻む新デザイン

パッケージ

300周年を記念して、パッケージも華やかに衣替え。品格溢れる黒、金、そしてブランド・カラーのEau de Nilを使った限定パッケージは、おみやげ用としてではなく、自分用として購入したくなる気品漂う美しさだ。不思議なのが時計のデザイン。商品によって違う時を指しているが、これは「timeless」を表しているのだそう。

ハンパー 2万ポンドのその中身は

ハンパー毎年クリスマスが近付くと人々の話題となるのがF&Mのハンパー。日本で言うならば、年末年始の福袋?今年のハンパーは全部で38種類。その中でも驚きなのが、一つ2万ポンド(約474万円)の「究極」のハンパー、「Tercenturian」だ。3種類の異なるフルーツ・ケーキから成る3段重ねのケーキ、ジェロボーム社のシャンペン、300年記念シャンペン・トリュフ、カシミアのマフラーなどなどが入ったこのハンパー、注文するともれなくF&Mの専用馬車でご配達。包みを開ける前からスペシャルなひと時は始まっているのだ。

クリスマス・プディング プラムの入ったプラム・プディング

プラム・プディングとは、主にクリスマスに出される英国の伝統的なデザートのこと。小麦粉や卵、砂糖と一緒に大量のドライ・フルーツを入れて蒸し上げたケーキで、「プラム」と名が付いているものの、実際にはプラムが入っていることはあまりない。今回、F&Mでは、昔のレシピをそのままに、プラム入りのプラム・プディングを販売。一体いくつ販売するのか? ……もちろん1707個だ。

 

馬で配達

馬車F&Mではその昔、すべての届け物を馬と馬車を使って行っていた。その伝統を継承し、F&Mでは今でも希望により馬と馬車を使った配達を行っている。そのお値段は受け取り人一人につきなんと1000ポンド(約23万6500円)! 下手したら買った商品よりも配達料の方がずっと高くつく、さすがの高級サービスだ。

 

貧困層の味方ディケンズはF&Mファンだった!

ディケンズチャールズ・ディケンズと言えば、「オリバー・ツイスト」や「クリスマス・キャロル」など、貧困層の人々の生活を臨場感あるタッチで描くことで知られる大文豪。そんなイメージからすると意外や意外、彼は高級感漂うF&Mの大ファンとしてとみに知られる人物だった。彼は世界的競馬大会、エプソン・ダービーについて、次のように述べている。「ほら、見てごらん。フォートナム・アンド・メイソンが見える。どのハンパーも悠々と広げられていて、芝生の上にはロブスター・サラダが咲き誇っているかのようだ」。ディケンズのほか、米国生まれ英国育ちの人気作家、ヘンリー・ジェイムズなども同様にF&Mのファンだったというから、当時から知的階級に愛される、気品漂うデパートだったのだろう。

 

ウィンドウの中の別世界 〜 ディスプレイの先駆者、F&M

四季折々で、伝統の中にも高い芸術性を感じさせるF&Mのウィンドウ・ディスプレイは、もはやそれそのものがピカデリー・サーカス近辺を行く人々の目的ともなっている。単なる飾りではなく、人々の目を止めさせ、集客力アップにもつながる戦略的ツールとしていまやどのデパートも重視しているディスプレイ、実はF&Mは厚板ガラスの発明を利用し、商品を展示することを実践した初のデパートの一つなのだ。

ウィンドウ・ディスプレイ

ハーヴェイ・ニコルズとリバティ(右写真)のディスプレイ
ハーヴェイ・ニコルズ(左写真)とリバティ(右写真)のディスプレイ

最先端のデザイナーが前衛的な空間を演出するハーヴェイ・ニコルズやセルフリッジに比べ、F&Mのそれはやはり正統派。2005年にはチャールズ・ディケンズの「クリスマス・キャロル」の物語を幻想的につくり上げ、昨年はルイス・キャロルの「不思議の国のアリス」の世界を完全に再現し、その精巧なつくりが話題を呼んだ。

ウィンドウ内に独自の小世界がつくり出されるディスプレイ。今年のクリスマス、F&Mはどんな物語を私たちに見せてくれるのだろうか。

 

チェルシー・フラワー・ショーでゴールドメダル受賞

チェルシー・フラワー・ショーでゴールド・メダル受賞

毎年初夏に行われる英国最大の花の祭典、チェルシー・フラワー・ショー。今年2007年には、造園建築のプロたちがその熟練の技を競う「ショー・ガーデン」部門にF&Mも出展。見事、ゴールド・メダルを獲得した。整然と花々が並ぶガーデンの片側には、お馴染みのEau de Nil色の組み立てハウス、ビーハイブが4つ。そして正面には、F&M創業当時に主流だったジョージアン調の時計が静謐な空気を湛え、置かれている。その時計の針が指すのは17時07分。そう、F&Mの創立年を表しているのだ。ちなみにビーハイブはこの後、F&Mの店内に置かれる予定。
Photo by Michael Walter/Troika

 

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