ニュースダイジェストの制作業務
Tue, 16 April 2024

小林恭子の
英国メディアを読み解く

小林恭子小林恭子 Ginko Kobayashi 在英ジャーナリスト。読売新聞の英字日刊紙「デイリー・ヨミウリ(現ジャパン・ニュース)」の記者・編集者を経て、2002年に来英。英国を始めとした欧州のメディア事情、政治、経済、社会現象を複数の媒体に寄稿。著書に「英国メディア史」(中央公論新社)、共著に「日本人が知らないウィキリークス」(洋泉社)など。

性的暴力に声を上げた女性、実名を出して法律を変える

ジル・セイワードさんという名前を聞いたことがありますか。2002年に英国にやって来た筆者は、恥ずかしながらこれまで彼女のことを知りませんでした。1月上旬、セイワードさんが心臓発作で亡くなったという訃報(享年51)を目にして、初めて分かりました。セイワードさんはレイプの犠牲者として、英国で初めて実名を明かした女性です。その後は性的暴力を防ぐための活動を続けました。遺族はジャーナリストの夫と3人の息子です。

1986年、ロンドン西部イーリングにある牧師館に覆面をした武装集団が押し入りました。セイワードさんの父親はこの牧師館の牧師でした。男たちは館内にいた父親とセイワードさんの当時のボーイフレンドに現金や宝石類を出すよう要求し、クリケットのバットで死の寸前まで叩きのめします。2人を縛り上げて動けなくした後、男たちは当時21歳のセイワードさんを2階に引きずり上げ、数度にわたってレイプしました。事件後、大衆紙「サン」が牧師館に向かうセイワードさんの全身の写真を掲載します。目の周辺にあざが見え、レイプの犠牲者であることが広く知られてしまいました。

犯人の男性3人の裁判が始まったのは事件発生から11カ月後。レイプ行為に加わらなかった主犯格の男には強盗罪で14年の刑が下りました。行為を行った2人の男のうちの一人はレイプ罪で5年、強盗罪で5年の刑となり、もう一人には性的暴行で3年、強盗では5年の刑が決定されました。レイプよりも強盗の方が重い刑となったのです。量刑の判断に際し、裁判官はセイワードさんのトラウマは「それほど大きくはない」と述べました。

レイプ事件の犠牲者の身元を特定する報道やレイプよりも強盗の刑が重いことに、大きな批判の声が上がります。セイワードさんは地元の国会議員に犠牲者の個人情報が守られるよう、法改正を求めました。ほかの議員の支援や世論の後押しもあって、1988年、犠牲者の匿名性が完全に守られるよう法改正が行われ、メディアは犠牲者の身元を特定するような情報の報道を禁止されました。

1990年、セイワードさんは事件について語った本「レイプ、私のストーリー」を共同執筆、出版しますが、このときから実名を出す決意をしました。レイプの犠牲者に対する人々の意識を変えたい、支援を手厚くしたいというのがその理由です。テレビやラジオ、イベントなどで自分の体験を話すようになり、性的暴力を防ぐための慈善団体を立ち上げる、警察に犠牲者の扱い方について研修を行うなどの活動を積極的に行いました。

活動の成果が実り、レイプ犯罪の扱われた方が変わってゆきます。例えば、夫婦間でのレイプが刑事犯罪となり、オーラル及びアナル・セックスもレイプと見なされるようになりました。2013年、イングランド・ウェールズ地方での性犯罪実行者への量刑の決定には犠牲者への影響をより重要視するように改正されました。

警察の調べによると、イングランド・ウェールズ地方で成人がレイプされた件数は2015~16年で2万3851件。4年前の約2倍です。犠牲者のほとんどが女性でした。人気司会者ジミー・サビル(故人)の性犯罪が明るみに出たことで、警察に報告する人が増えたので件数が増加したと見られています。犯罪統計の専門家たちは、実際の数は約6倍に上るのではないかと言います。

レイプ事件は実行犯が有罪に至る比率が低い(15~16年では全体の7.5%)犯罪として知られています。「ガーディアン」の記事(2016年10月13日付)によると、犠牲者が外見上の傷を負わなかった、あるいは行為に抵抗しなかった場合、レイプではなかったと誤解されがちだそうです。犠牲者が麻薬やアルコールを摂取していた場合も不利に働くそうです。

1月21日、女性蔑視発言が多いトランプ米大統領に抗議をする女性たちが、ロンドンを含む世界中でデモを行いました。セイワードさんがもし生きていたら、彼女も参加していたでしょうか。

 
  • Facebook

Sakura Dental 不動産を購入してみませんか LONDON-TOKYO お引越しはコヤナギワールドワイド 24時間365日、安心のサービス ロンドン医療センター

JRpass bloomsbury-solutions-square

英国ニュースダイジェストを応援する

定期購読 寄付
ロンドン・レストランガイド
ブログ