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Wed, 09 October 2024

小林恭子の
英国メディアを読み解く

小林恭子小林恭子 Ginko Kobayashi 在英ジャーナリスト。読売新聞の英字日刊紙「デイリー・ヨミウリ(現ジャパン・ニュース)」の記者・編集者を経て、2002年に来英。英国を始めとした欧州のメディア事情、政治、経済、社会現象を複数の媒体に寄稿。著書に「英国メディア史」(中央公論新社)、共著に「日本人が知らないウィキリークス」(洋泉社)など。

ブレグジット大迷走で注目、議事進行のお目付け役、バーコウ下院議長とは
- 17世紀の慣習で政府をけん制

まだまだ、英国の欧州連合(EU)からの離脱(ブレグジット)の先行きが見えてきませんが、英下院の様子をテレビが頻繁に報道するようになりましたね。それで目立つ存在となったのが、発言を邪魔したり、野次を飛ばしたりする議員らに対して「オーダー、オーダー(静粛に、静粛に)!」と大声を上げるジョン・バーコウ下院議長(56)です。ドイツのメディアがバーコウ氏の発言をまとめた動画を公式ツイッターに投稿したところ、多くの「いいね」が付いたそうです。

3月18日、バーコウ氏は皆をあっと驚かせる決定をしました。昨年11月、EUとメイ首相は離脱の条件を決める「離脱協定案」に合意しましたが、これには議会での承認が必要でした。そこで、政府は今年1月15日と3月12日の2回にわたり、この協定案を採決にかけましたが、大差で否決されてしまいました。メイ首相は、先月18日の週に改めてこの案を採決に出す予定でしたが、議長であるバーコウ氏が1604年の議会慣習である「一度否決された動議は同じ会期内に再度採決にかけられない」というルールを持ち出して、3度目の採決にストップをかけたのです。政府に対し毅然とした態度を示したバーコウ氏は、同12日に採決した協定案は1月の協定案と「実質的に異なるもの」だったので規則にかなっていたけれども、もし3度目の採決をかけるのであれば、協定案は以前の案と「実質的に異なっている」ことが必要だ、と説明。同じ案を動議として出そうとしていた政府側は、次に進むことができなくなりました。そのためEU側は21日に緊急対策として、今後、下院で政府案が可決されれば離脱日を5月22日まで延長し、可決されなくても4月12日まで延長することを決定しました。

さて、下院議長の座というのは前議長が辞任した場合か、総選挙後に下院議員らによって選出されますが、バーコウ氏は2009年以来、現在の職に就いています。それ以前は保守党の下院議員(1997年初当選)でしたが、議長就任と同時に中立性を保つため保守党から離党しました。かつては保守党の中でも右派でしたが、2000年ごろから同性愛者の権利保護に賛同し始め、労働党に近い左派になったと言われています。「下院の堅苦しさを緩和したい」と述べて、男性議員のネクタイ着用を免除し、自分自身も下院議長の伝統だった半ズボンとタイツの組み合わせではなく、普通のビジネス・スーツにマントを羽織って登院するようになりました。

また、以前の議長よりも平議員に発言の機会をより多く与えると評価される一方で、議事の進行や秩序を乱す議員の行動には容赦なく介入するバーコウ氏は「自分が目立ちたいだけ」という批判も受けています。例えば、2018年の米大統領ドナルド・トランプ氏の訪英時には、「人種差別主義・性差別主義」の大統領が下院で演説をすることに反対の意を表し、政治的中立性に疑問が呈されました。また、バーコウ氏の職員に対するいじめ疑惑が持ち上がったこともあります。離脱強硬派の政治家は、同氏が「隠れ残留派」だと主張していますが、バーコウ氏自身は、米テレビ局CNNのインタビューの中で、自分の役割を「サッカーのレフェリー」に例えました。「ガーディアン」紙のインタビューでは、「もっと良い議会にできるはずだ」とも語っています。

そんなバーコウ氏ですので、先の予定されていた3回目の採決を事実上阻止することで、下院議長の中立性から逸脱した行動を取ったように見えたわけですが、17世紀初めにできた議会慣習は、実は19世紀以降に何度も適用されており、同様の行動を取った議長が今までにもいました。英国の議会(君主・上院・下院の三構成)は立法府として絶対的な主権を持っており、メイ首相は議会の大きな権威に改めてドキリとしたのではないでしょうか。

3月29日、政府は協定案の一部を下院の採決に出しましたが、58票差で否決されてしまいました。

キーワード

下院議長(Speaker of the House)

「議長」の役割ができたのは1377年。下院議員の無記名投票によって選出される。議事を進行し、秩序を維持する役目を持つ。政治的中立性を求められる。不適切な発言を撤回させその議員を停職措置とする、議論を中止させる、などが可能。どの修正案を議題として選ぶかを決める権利も持つ。
 

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