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Sun, 22 May 2022

小林恭子の
英国メディアを読み解く

小林恭子小林恭子 Ginko Kobayashi 在英ジャーナリスト。読売新聞の英字日刊紙「デイリー・ヨミウリ(現ジャパン・ニュース)」の記者・編集者を経て、2002年に来英。英国を始めとした欧州のメディア事情、政治、経済、社会現象を複数の媒体に寄稿。著書に「英国メディア史」(中央公論新社)、共著に「日本人が知らないウィキリークス」(洋泉社)など。

ウェールズで300以上のボタ山が「高リスク」と査定 - 55年前の崩落事故がいまだ脳裏に

「強い雨が降ると、電話が鳴りだすのではないかと心配になる」。元炭鉱電気技師のロバート・ビヴァンさんは、「ガーディアン」紙のインタビュー(9月28日付)の中でこう語っています。

ビヴァンさんはウェールズ南部にある、かつて炭鉱業で栄えたロンダ谷の村タイロスタウンの村議会議員です。昨年2月、暴風雨「デニス」に襲われ、村の山腹にある、石炭の採掘に伴い発生する捨て石の集積(ボタ山)の一部が崩れ落ちました。6万トンにも及ぶ廃棄物が村のレジャーセンターそばの川に流れ込み、下水管を破壊し、散歩用小道やサイクリング道路が使えなくなりました。幸いにも死傷者は出ませんでしたが、強い雨が降れば再度崩壊が発生するかもしれず、村民からビヴァンさんへ懸念の電話が殺到する可能性があるのです。これは1966年に発生した「アべヴァン(日本ではこれまで主としてアバーフェンと表記)ボタ山崩落事故」が今も村民の記憶から消えていないためです。

事故が発生したのは、55年前の10月21日。ウェールズ南部アベヴァン村で、炭鉱付近のボタ山が大雨で崩壊しました。廃石炭などが雪崩上に斜面を滑り落ちて、パントグラス小学校や周辺の家を倒壊させて144人が亡くなったのです。犠牲者のうち、116人が小学生でした。

英国の炭鉱業の歴史を振り返ってみると、採炭が始まったのは紀元前の青銅時代からといわれています。大きな飛躍を遂げたのは産業革命のときです。石炭は鉛、銅、鉄を生産するための金属鉱石の製錬用に使われ、機械化が進んだ1850年から1920年、炭鉱業は劇的な成長を見せました。テクノロジーの発展でより深い採掘法がウェールズ南部で採用されるようになり、鉄道や蒸気船の発電燃料用石炭の採掘が進むと、同地方の炭鉱業が一気に発展していきます。輸出が増大し、大英帝国の繁栄にも貢献しました。ところが、1960年代以降、英国の炭鉱業は次第に衰退していきます。国際市場での競争力を失った上に、エネルギー需要がガス、石油、原子力発電などほかのエネルギー源へと移行したためでした。全国的に炭鉱の閉鎖やリストラが行われるようになりました。現在、ウェールズには五つの炭鉱があり、そのうちの三つで石炭生産が行われています。ウェールズ自治政府によると、石炭採掘の認可が下りるのは、水のろ過作業やセメントあるいは鉄の生産目的のみで、エネルギー生産を目的にはできないことになっています。

採炭跡地に置かれたままになっているボタ山がウェールズに住む人々の生活を脅かしていることが全国的に知られたのが、先の暴風雨デニスの襲来でした。ウェールズ政府は地方内の2456に上るボタ山の安全管理を確実にするため、「安全性タスクフォース」を立ち上げ、今後の施策について市民から意見を募りました。来年早々に報告書が発表される予定です。

デニスの襲来をきっかけに自治政府はボタ山のリスク度を公表することになり、10月末までに327が「高リスク」に入る、と発表しました。最も高リスクなボタ山は71あり、特に多いのがビヴァンさんが住む南部ロンダ・カノン・タフ、アベヴァン事件が起きたマーサー・ティドビル、それにケアフィリの3地域。ウェールズ政府は最も高リスクの地域でも崩壊などの危険が「すぐに発生するわけではない。より頻繁な視察が必要になることを意味する」と述べていますが、地元民の心配は消えていません。自治政府は安全性を高めるため大規模な財政支援を中央政府に求めていますが、合意に至っていません。

ボリス・ジョンソン政権は、温暖化防止のため、2024年10月までに石炭発電の停止を決めています。2020年時点で石炭発電は電力発電の1.8パーセントを占めており、「あと一歩」というわけでしょう。でも、大英帝国の繁栄を担った炭鉱業の「負の遺産」の処理が十分にできていないのではないかと疑問が湧きますね。

キーワード

Colliery heap(ボタ山)

炭鉱での採掘に伴い発生する捨石の集積でできた山。過去の石炭産業の遺産ともいえる。ウェールズ地方のボタ山の大部分は置き去りにされたままで土砂崩れ、洪水、汚染、火災などが発生する危険を抱えている。気候温暖化によって冬期の雨量が増加し、鉄砲水が発生するようになり、危険度が高い。ボタ山の安全管理にかかわる法律は活発な炭鉱産業が存在した時に制定されており、現在の状況に適していないといわれている。

 
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