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Sun, 22 May 2022

小林恭子の
英国メディアを読み解く

小林恭子小林恭子 Ginko Kobayashi 在英ジャーナリスト。読売新聞の英字日刊紙「デイリー・ヨミウリ(現ジャパン・ニュース)」の記者・編集者を経て、2002年に来英。英国を始めとした欧州のメディア事情、政治、経済、社会現象を複数の媒体に寄稿。著書に「英国メディア史」(中央公論新社)、共著に「日本人が知らないウィキリークス」(洋泉社)など。

エリザベス女王が在位70年でプラチナ・ジュビリー - 大英帝国末期から現在までの激動を生きる君主

皆さま、新年あけましておめでとうございます。2022年はエリザベス女王の即位70周年となり、「プラチナ・ジュビリー」の祝典が各地で開催されます。「ジュビリー」というと、筆者はロンドンの地下鉄ジュビリー線を想像してしまうのですが、英国では君主の即位25周年、40周年、60周年、70周年など節目の年の記念行事や祝祭を指します。

エリザベス女王は1952年2月に父ジョージ6世の急死により即位しました。当時、25歳です。以後これまでに「シルバー・ジュビリー」(25周年、1977年)、「ゴールデン・ジュビリー」(50周年、2002年)、「ダイヤモンド・ジュビリー」(60周年、2012年)が行われてきました。プラチナ・ジュビリーを祝ったほかの国の君主には、1713年のフランスのルイ14世(在位1643~1715年)、1928年のリヒテンシュタイン公ヨハン5世(在位1858~1929年)、2016年、タイのラーマ9世(在位1946~2016年)などがいます。英国ではヴィクトリア女王が長期統治をした君主になりますが、1837~1901年の在位64年で、プラチナ・ジュビリーはかないませんでした。エリザベス女王は英王室で初めて即位70周年を祝う君主となります。

では、女王が即位した1925年とは、どんな年だったのでしょう。世界に目を広げると、第一次世界大戦(1914~18年)の終了から7年目。英国とその自治領や植民地を含めた地域の俗称「大英帝国」の末期にあたります。その最盛期となる19世紀後半から20世紀の前半には地上の土地のほぼ6分の1が大英帝国に属し、「太陽の没するところがない」という表現が使われたほどでした。エリザベス1世(在位1558~1603年)の海外進出で始まった世界各地での植民地支配は、18世紀末の米国独立などを経て、20世紀に入っても続いてきました。でも、20世紀前半に大英帝国は縮小化に向かっていきます。

第一次世界大戦後、帝国内自治領の本国からの独立の機運が高まりました。1922年に成立した「アイルランド自由国」もその一つです。英政府は19世紀末から本国とその属領を結ぶための会議を開いてきたのですが、独立志向の機運を受けて、1926年に開催された会議(「帝国会議」)で、本国と各自治領とが「英連邦」(British Commonwealth of Nations)の構成メンバーとして同等の地位を有していることを確認しました。1931年のウェストミンスター憲章(Statute of Westminster)によってこの原則が法則化され、英議会が自治領諸国に対して優越権を持たないことが定められたのです。1944年からは帝国会議が「英連邦首脳会議」(Commonwealth Prime Ministers' Conference)と改められ、第二次世界大戦(1939~45年)を経て、47年、インドとパキスタンが独立します。49年以降、英連邦首脳会議は英国と自治領・旧植民地諸国の連絡調整という役目になり、英連邦の名称も「Commonwealth of Nations」に変わりました。

エリザベス女王はかつての大英帝国が消え、緩やかな連合体としてまとまっていくまでの激動の時代に即位したことになりますね。女王は一切私情を公にしないことで知られていますが、自分の父、そして祖父が君臨していた帝国が縮小していく姿を直視し、時代の流れに応じて生きていくには相当の覚悟と臨機応変さ、タフさが必要だったに違いありません。1952年の即位後、女王は英連邦の結合の象徴として、世界各地を訪問し、王室外交を推進していきます。現在、英連邦には54の加盟国が所属し、その人口は約23億人。女王は連邦の首長です。

ちなみに、地下鉄ジュビリー線の名称は、1977年の女王の即位25周年「シルバー・ジュビリー」にちなんだもの。線を表す色もシルバーですよね。開業は1979年で、チャールズ皇太子が開業宣言をしています。

キーワード

Jubilee(ジュビリー)

旧約聖書「レビ記」で言及される「ヨベルの年」で、ユダヤ教で50年に一度の周期で祝賀が行われることに基づく。「ヨベル」とは雌羊の角で作られたラッパ。ヨベルを吹き鳴らして告げ知らせるので、「ヨベルの年」と呼ばれた。50年目の聖なる年に奴隷は解放され、借金が消える、とされた。ローマ・カトリックの「聖年」という意味もある。

 
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