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Thu, 30 June 2022

小林恭子の
英国メディアを読み解く

小林恭子小林恭子 Ginko Kobayashi 在英ジャーナリスト。読売新聞の英字日刊紙「デイリー・ヨミウリ(現ジャパン・ニュース)」の記者・編集者を経て、2002年に来英。英国を始めとした欧州のメディア事情、政治、経済、社会現象を複数の媒体に寄稿。著書に「英国メディア史」(中央公論新社)、共著に「日本人が知らないウィキリークス」(洋泉社)など。

イランで長期拘束のナザニンさんが帰国 - 英政府はイランに対する債務をようやく返済

イランに長期拘束されてきたナザニン・ザガリ=ラトクリフさん(43)の顔は、メディア報道を通して、在英の私たちにとってなじみ深いものになりました。英国とイランの二重国籍を持つナザニンさんは、2016年春、娘のガブリエラちゃんと一緒に休暇でイランを訪れていたとき、イラン政府転覆の容疑をかけられ、禁錮5年の刑が言い渡されました。21年4月には反政府プロパガンダを流した罪で1年の禁錮刑と国外への渡航が禁止され、約6年にわたって英国に住む夫のリチャード・ラトクリフさんや娘と離れ離れの生活を送ってきたのです。慈善団体「トムソン・ロイター財団」のプロジェクト主任だったナザニンさんは一切の容疑を否定してきました。一方、夫のリチャードさんも妻の解放を求める運動を精力的に行い、ハンガー・ストライキまでしました。

今年3月、朗報が訪れました。英国とイラン政府が二重国籍を持つ拘束者の解放で合意したのです。同17日、ナザニンさんとスパイ容疑で拘束されていた土木技師アヌーシュ・アシューリさん(67)が英国に無事帰国しました。リズ・トラス英外相は、解放は「外交の成果」、イラン政府は「恩赦」と説明しました。解放直前に英国は長年の課題になっていたイランに対する債務を返済しており、これが解放の交換条件だったと言われています。

債務問題は、1970年代にさかのぼります。イランが皇帝パフラヴィー2世の統治下にあった1971年から76年、英国はイランから戦車「チーフテン」1500台と装甲回収車250台の受注を受けました。当時イランは英国にとって中東地域の主要なパートナーでした。イランは前払い金を支払ったのですが、1979年1月にパフラヴィー政権が崩壊し、「イラン革命」の引き金が引かれました。国外に亡命していたイスラム教シーア派最高指導者ルッホーラー・ホメイニ師が政権を掌握し、国民投票を経て、同年4月、イラン・イスラム共和国が成立。英政府は革命を機に兵器の販売を停止し、納品したのは戦車185台だけでした。1990年、イラン政府は支払金額の返金を求めて国際仲裁裁判所に訴え、2001年に英国は裁判所から支払いを命令されました。その後、英国側が控訴しましたが、2009年に控訴は棄却されます。この時点でも英政府側は支払いをしませんでした。当時、英国が加盟していた欧州連合(EU)がイランに対し核開発問題で制裁を科しており、英国はこれを順守する義務があると主張していました。長年の利息をどれだけ払うかも決着がついていませんでした。

今回、英政府は約4億ポンド(約639億円)をイラン側に支払いましたが、イラン側は人道物資の調達に充てると約束したと説明しています。BBCの外交記者ジェームズ・ランデール氏の分析(3月17日付)によれば、ナザニンさんの夫や支援者たちの熱心な抗議運動も今回の解放に一役買ったようです。また、イラン側の事情もありました。ナザニンさんらを解放することで、核開発をめぐる国際社会からの制裁を緩和し、経済を回復させたい、主要国との核合意を復活させたいという思惑があったようです。

下院の調べ(1月22日付)によると、まだイランで拘束中の英国籍保持者は2人います。イラン系米国人で英国籍も持つ、野生動物保護活動家モラド・タバズさんとイランと英国の二重国籍を持つ、労働運動の活動家メーラン・ラーフさんです。タバズさんはスパイ行為容疑で2018年から拘束され、ラーフさんは反体制組織に加入し反政府プロパガンダを広めたとして、2020年10月から10年の禁錮刑を受刑中です。ナザニンさんは3月22日の記者会見で、「不当に拘束されている全員が家族と再会するまで、自由という言葉の意味が完全になることはない」と述べています。

キーワード

イラン核合意(Iran Nuclear Deal)

正式名称は「包括的共同行動計画」。2015年、米英独仏中ロの6カ国とイランが合意した取り決め。イランが核開発に絡む活動を大幅に削減することで、見返りに経済制裁を段階的に解除する。中東での核開発の広がりを防ぐ動きとして評価されたが、18年5月、米国が合意を離脱し制裁を復活させると、イランは核合意の履行停止に向かった。21年に米バイデン政権発足後、合意再建に向けての試みが続く。

 
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