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Wed, 30 November 2022

小林恭子の
英国メディアを読み解く

小林恭子小林恭子 Ginko Kobayashi 在英ジャーナリスト。読売新聞の英字日刊紙「デイリー・ヨミウリ(現ジャパン・ニュース)」の記者・編集者を経て、2002年に来英。英国を始めとした欧州のメディア事情、政治、経済、社会現象を複数の媒体に寄稿。著書に「英国メディア史」(中央公論新社)、共著に「日本人が知らないウィキリークス」(洋泉社)など。

汚染血液製剤犠牲者に補償金支払いへ - 約4000人が各10万ポンドの支払い対象に

日本の「薬害エイズ事件」を覚えていらっしゃいますか。1980年代前半、血友病の患者などが米国から輸入した「ヒト免疫不全ウイルス」(HIV)が混入していた非加熱の血液製剤を投与され、HIVに感染した薬害事件です。血友病とは止血に必要な凝固因子が不足し、これによって出血した場合に血が止まりにくい病気ですが、その治療薬として用いられるのが血液製剤の中でも血液凝固因子製剤と呼ばれるものです。1989年、被害患者とその遺族はウイルスに汚染された血液製剤を認可・販売した厚生省と製薬企業5社に対し損害賠償訴訟を起こし、1996年、被告側が全面的に責任を認めて和解が成立しました。

なお、エイズとはHIVに感染し、免疫機能の低下によって発症する合併症の総称ですので、HIV感染とエイズ発症は同じものではありません。

汚染血液製剤による薬害は、英国でも発生していました。1970年以前の出血性疾病の患者は、出血した場合、軽症でも輸血のために病院で数時間を過ごさざるを得ませんでした。しかし1970~80年代には、これに代わる新たな治療法として、血友病患者に不足する凝固因子「第8」あるいは「第9」を補う血液製剤の投与が導入されました。自宅で注射器を使って投与でき、出血前の投与も可能となったので、患者とその家族にとって画期的な治療法といえました。血友病患者だけではなく、出産あるいはほかの手術で輸血が必要な場合にも使われるようになり、需要が高まりました。そこで政府は米国から輸入するようになったのですが、この中にHIVなどのウイルスが混入していたのです。現在では当たり前のウイルスを不活性化させる加熱処理も当時はされていませんでした。1982年、米国でエイズを発症した血友病患者の死が報告され、医療研究者や世界保健機関(WHO)が汚染血液製剤の危険性を指摘するようになりましたが、英国の血友病協会や当時の政府は、血液製剤は安全で使用を続けるべきという方針を示しました。HIV感染についての知識がまだ乏しい時期で、血友病患者をエイズ患者と同一視する人も出てきたため、血友病患者やその家族は偏見や差別の対象になりがちでした。やがて1984年までには加熱処理を行った血液製剤の流通が始まります。1990年代後半には遺伝子組み換え技術を使った血液製剤が広く使われるようになり、ウイルスやそのほかの汚染物質のリスクが取り除かれていきました。

英国で汚染血液製剤によるHIVや肝炎ウイルスに感染した人の数は正確には分かっていませんが、英血友病協会によると2万5000人~3万人と推定されています。この中で、約3000人が死亡。2017年、当時の首相テリーザ・メイ氏によって、被害者や遺族らが求めていた製剤投与の状況を明らかにするための独立調査委員会が設置され、18年から調査が開始されました。調査は来年まで続きますが、今年7月29日、調査委員長で判事のブライアン・ラングスタッフ氏が中間報告を出しています。委員長は感染者とその遺族に対し、直ちに補償金を支払うよう推奨しました。金額は1人当たり少なくとも10万ポンド(約1634万円)です。

調査委員会の中間報告を受けて、政界の中で「一刻も早く、補償金を支払うべき」という意見が強くなっていきました。政府はこれまで、感染者やその家族に対して毎年支援金を提供してきたのですが、感染による収入の損失、ケア費用などを賄うための補償金の支払いは今回が初になります。被害者やその家族は政府による謝罪の道につながると見ています。ジョンソン政権は、この金額での補償金の支払いを現在財政支援を得ている約4000人の犠牲者及び家族を対象に行うと近く発表予定。来年にはより広範囲の関係者への支払いも見込まれています。

キーワード

Blood Product(血液製剤)

本稿の文脈では「血液凝固因子製剤」を指す。人の血液から血漿(けっしょう)の部分を分離し、その中に含まれる「血液凝固第8因子」や「血液凝固第9因子」を分離、濃縮、精製し、凍結して乾燥させた注射剤。血液凝固因子とは、血液の凝固に必要な血液中のタンパク質。第8因子製剤は、先天的に血液中の血液凝固第8因子が不足している血友病Aの患者の治療のために、第9因子製剤は第9因子が不足する血友病Bの患者のために開発された。

 
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