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Wed, 30 November 2022

小林恭子の
英国メディアを読み解く

小林恭子小林恭子 Ginko Kobayashi 在英ジャーナリスト。読売新聞の英字日刊紙「デイリー・ヨミウリ(現ジャパン・ニュース)」の記者・編集者を経て、2002年に来英。英国を始めとした欧州のメディア事情、政治、経済、社会現象を複数の媒体に寄稿。著書に「英国メディア史」(中央公論新社)、共著に「日本人が知らないウィキリークス」(洋泉社)など。

旧植民地の文化財を返還する動き - 英国、フランス、ドイツで広がる

大英博物館を訪れると、世界中から集められた貴重な美術品やそのほかの文化財が展示されています。皆さんも1度は足を踏み入れたことがあるでしょう。大英博物館の展示品の中でも特に多くの人が訪れるのが、古代ギリシャのパルテノン神殿に飾られていた大理石彫刻「エルギン・マーブル」です。19世紀初頭、英国の外交官エルギン伯爵がオスマン帝国支配下にあったギリシャの神殿から持ち帰ったものです。ギリシャ政府は一連の彫像を「略奪された」として返還を求めているのですが、大英博物館は、彫像はオスマン帝国との合法的な契約のもとに取得したとして要求に応じていません。

実は今、欧州各国では旧植民地に起源を持つ、略奪など違法行為によって取得した文化財を返還する動きが広がっています。奴隷制や植民地支配の負の遺産を見直す流れの一つともいえるでしょう。昨年11月、フランスは旧植民地西アフリカのベナンから129年前に戦利品として持ち帰った26点の美術品を返還しました。現在ユネスコの世界遺産に認定されているアボメイ宮殿に所蔵されていた宝物です。ベナンは以前から美術品の返却を求めてきましたが、2017年、エマニュエル・マクロン仏大統領がアフリカの文化財返却に踏み切ると表明し、法整備を進めてきました。同じく21年にはドイツが現在のナイジェリア南部沿岸にあった旧ベニン王国から略奪された「ベニン・ブロンズ」と呼ばれる美術品の返還に動き出しました。19世紀に英国が略奪した数千点のベニンの美術品は、欧米各国の博物館や個人の収集家に買収されていたのです。

英国でも少しずつ返還の動きが広がっています。昨年10月には、ケンブリッジ大学ジーザス・カレッジが、ベニン・ブロンズの一つである青銅彫刻をナイジェリア当局に返還し、スコットランドのアバディーン大学もこれに続きました。今年8月7日、ロンドンのホーニマン博物館が旧ベニン王国由来の工芸品72点を返還すると発表し、これにもベニン・ブロンズが含まれるとのことです。ナイジェリアからの返還要求を受けた博物館は、地元住民や来場者、専門家などからの意見を参考にしたうえで、「暴力的に奪い取られた」ものであることを確信。「返還することが道徳的で適切」という結論に達しました。

また、8月20日にはグラスゴーのケルビングローブ美術館・博物館で、同市の複数の美術館を運営する慈善組織「グラスゴー・ライフ」とインド政府の代表者とが、19世紀にインドのヒンドゥー教寺院から英国が違法行為によって持ち出した工芸品7点を返還するための調印式を行いました。違法手段で取得したインドの工芸品を現在の正統な所有者に返還するのは、英国ではグラスゴーが最初になります。グラスゴー・ライフの博物館収集部門を統括するダンカン・ドーナン氏によると、「1998年以降、地元住民の声を聞きながら50以上の文化財を真の所有者に返還してきた」そうです。今回の返還は「グラスゴーにとって大きな一歩」と述べています。スコットランドの中でグラスゴーは移民出身者の比率が12パーセントと最も高く、常に地域住民との対話を通して返還するべきかどうかを決めてきたそうです。インド以外では、北米先住民族由来の文化財を米サウスダコタ州に返還するほか、ベニン・ブロンズの19点も返還予定です。

17世紀初頭から世界各地に植民地を所有したオランダは、2020年10月、自国が所有する植民地起源の文化財について、住民の合意がない持ち去りは「不正義」であり「無条件に」返還するべき、という報告書を出しています。このように一連の文化財を元々の国に戻すべきだという考え方がある一方で、「正当な所有物」という立場から返還には応じない博物館や美術館もあります。皆さんはどう思われますか。

キーワード

Benin Bronzes(ベニン・ブロンズ)

ナイジェリア南部に存在した旧ベニン王国由来の数千点の美術品で、青銅、真ちゅう、象牙などのレリーフや像のこと。1897年の英国外交官殺害事件をきっかけに英軍の侵攻を受け、「戦利品」として英国に持ち去られた。同王国は後に英領ナイジェリア植民地に併合。ナイジェリアのエド州ベニンシティに新設される「エド西アフリカ美術館」では、欧米各国から返還あるいは貸与されたベニン・ブロンズを常設展示する。

 
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