小林恭子の
英国メディアを読み解く

BBC理事長が元首相に借金保証人を手配？ - 縁故採用疑惑が広がる、理事長職

BBCのリチャード・シャープ理事長（chairman）に縁故採用の疑惑が持ち上がりました。「サンデー・タイムズ」紙の電子版（１月21日付）によると、2020年末、シャープ氏は個人的に大きな支払いを抱えたボリス・ジョンソン首相（当時）に対し、最大80万ポンド（約1億2800万円）にも上る借金の保証人を手配したそうです。英国の首相はBBCの理事長人事の決定に大きな影響力を持っています。当時、シャープ氏は理事長職に応募していました。翌21年1月、政府は同氏を推薦候補者として発表し、同年2月にシャープ氏の理事長就任が決定しました。シャープ氏はジョンソン氏に便宜を図り、その見返りとして理事長の職に就くことができたのでしょうか。

BBCの理事長職がどうやって決まるかを見ていきましょう。BBC理事会とはBBCの活動ミッションや公的目的の実施を確実にし、その戦略的方向性を決める組織で、率いるのはBBC理事長です。一方、BBCの日々の業務を運営するのは執行委員会で、トップはティム・デイヴィー会長になります。「会長」というと、経営の実務から離れた語感がありますが、編集・制作の最高責任者がBBCではデイヴィー氏というわけです。

理事長職の人選は、デジタル・文化・メディア・スポーツ省（DCMS）による公募でスタートを切ります。BBCのミッションや公的目的を実現させる能力を持ち、かつ十分な経験と指導力があると思う人物は履歴書やそのほかの必要書類をDCMSの公職任命査定委員会に送ります。DCMSの職員を含む4人構成の査定委員会が書類を精査し、候補者を絞り込みます。面接の後、その結果を基にDCMSが推薦する人物を決め、首相に最終的な判断を仰ぎます。BBCの理事長職は国王の名前で任命されますが、実質的には首相が決めるということですね。

米金融大手ゴールドマンサックス出身のシャープ氏は、リシ・スナク現首相の元上司でもあった人物ですが、与党保守党への献金者の一人で、ジョンソン氏がロンドン市長であったころ（2008～16年）から、ジョンソン氏と公私ともに親しい関係でした。今回の理事長職の公募開始は、2020年10月。その後、ジョンソン氏は前妻への離婚慰謝料や養育費の支払い、首相官邸の改装費などで財政難に陥ります。これを報道で知ったジョンソン氏の遠縁にあたるカナダ人の富豪サム・ブライス氏は、旧友であるシャープ氏との夕食の場で、ジョンソン氏の借金の保証人になる可能性を提案したそうです。12月、シャープ氏は当時の内閣官房長官サイモン・ケース氏にブライス氏を引き合わせました。この後、両氏は首相の別荘チェッカーズ邸を訪れ、ジョンソン氏と食事を共にしています。同月末、官邸はシャープ氏に対しジョンソン氏の借金問題については今後関与しないよう告げました。シャープ氏がBBC理事長職に応募していたため、利益相反とみられることを防ごうとしたようです。翌21年1月上旬、当時のDCMS相オリバー・ドウデン氏がシャープ氏を省が推薦する理事長候補であると発表します。そして2月、シャープ氏の理事長就任が決定しました。

1月、「サンデー・タイムズ」紙は、シャープ氏が引き合わせをしたことをDCMSの査定委員会に通知しておらず、就任前の通例となっている、下院委員会での質疑応答の際にも言及していなかったと報道しました。応募の条件として「利益相反の場合は届け出をする」ことになっているのですが……。

「引き合わせをしただけ」ですので、「問題ない」というのがシャープ氏の説明ですが、個人的な問題の解決のために相談される位置にいる、ジョンソン氏の「お仲間の1人」だったことは否めません。ジョンソン氏側に「友人を優遇する」気持ちがなかったのかどうかも気になりますよね。今後の調査の行方に注目です。