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英仏バイリンガル幼稚園・小学校
dim 24 juin 2018

シャンソン歌手 イヴェット・ジローとの思い出

弊誌の4月2日号エディット・ピアフの特集から、日本で大いに活躍したシャンソン歌手、イヴェット・ジローさんを思い出す方もいらっしゃるのではないでしょうか。
日本とフランスの架け橋となり、戦後の日本国民をも鼓舞してくれたジローさん。
このたび、彼女と交流のあった、在仏日本人会(A.A.R.J.F)シャンソン教室を主宰する久保田令子さんが彼女への追悼文を寄せてくださいました。

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イヴェット・ジロー(以下、ジロー)が2014年8月3日、ストラスブールの自宅で逝去しました。彼女は大の親日家で、1955年から42年間、毎年のように日本公演を行い、それが日仏文化交流の基礎となって、日本におけるシャンソンブームにも貢献。多くの日本人の心にシャンソン魂を植え付けました。

ジローは、1945年に「あじさい娘」でデビュー。52年にはシャルル・トレネが作詞作曲した「詩人の魂」でフランスの権威あるACCディスク大賞を受賞しました。

シャンソンといえば、日本人は「愛の讃歌」、そして同時にエディット・ピアフ(以下、ピアフ)の名前を思い浮かべる方も多いことと思います。

実は、この「愛の讃歌」の背景には、思い掛けないドラマがありました。48年、ピアフは「愛の讃歌」をジローにプレゼントしました。ジローはこの曲を自身のオリジナル曲として、パテ・マルコニ社から49年に発表する予定でした。ところが、突然ピアフから全てを中止してほしい旨の連絡が。理由は、当時ピアフの最愛の人だった、ボクシング・ミドル級世界チャンピオンのマルセル・セルダン(以下、セルダン)が飛行機事故で亡くなり、ピアフが最愛のセルダンに捧げた曲「愛の讃歌」を「終生自分1人がセルダンのために歌いたい!!」ということでした。

ジローはこれを聞いて、レコード発売から自身でこの歌を歌うことまで、全て中止したのです。歌ったのはピアフ没後の63年以降、特に日本でのコンサートでのみ、それも最後にピアフとの思い出のためだけに。ジローとは、こういう人でした。

私がジローと出会ったのは、94年春のパリ。ご主人のマルク・エラン(以下、エラン)と一緒のジローは、「あなたはどんな歌を歌うのですか?」と聞いてきました。「あじさい娘です」と答えた私に、ジローは「まあ!」と驚き、私の手を両手で握りしめながら、後方にいたエランを振り返り何度もうなずきました。

実はそのとき、私は何も知らなかったのです。「あじさい娘」がジローのデビュー曲であり、大ヒットしたということも。そして、ジローの代名詞が「あじさい娘」だということも。私は服飾デザイナーですが、当時はフランスの友人から依頼を受けると、喜んで日本の曲やシャンソン「あじさい娘」などを歌って、みんなから「あじさい娘」と呼ばれていました。全くの奇遇に感じました。

その半年後、私は在仏日本人会でシャンソン教室を開講。ジローは常に電話で、エランは手紙で優しくシャンソンに関してのアドバイスをしてくださいました。

ジローは94年11月3日、日本国天皇陛下から勲四等宝冠章を受章しました。その受勲式は95年2月14日、在仏日本国大使公邸で行われました。当時の在仏日本国特命全権大使、松浦晃一郎氏からのジローへの祝辞をここに引用させていただきます。

 
(……)イヴェット・ジローさん、あなたは、日本の戦後のあの暗い時期に私たち日本人がさまざまな困難に立ち向かわねばならなかったとき、あなたのシャンソンで私たちに勇気と希望と生きる喜びをもたらしてくださいました。
 あなたのシャンソンは当時の若者(私もその1人でした)の心を打ちました。
 あなたの笑顔は、日本人の心の扉を開く鍵でした。
 イヴェット・ジローさんは、伝統の尊重、年長者への尊敬、思いやり、現在の青年たちがともすると忘れがちな価値観を常に心に保ち続けていらっしゃり、それは日本人以上に日本的な方です。
 その価値観は、そのままあなたの芸術活動にも表れています。
 無料公演、慈善リサイタル、お年寄りのためのコンサート、高校生との集い等々……。
 それは57年日本赤十字会長高松宮殿下の慈善リサイタル。86年、千葉県八千代市市長からの依頼でその地方の障害児のための支援基金創設「ジロー基金」が生まれました。また、九州島原噴火のとき住民への援助と、際限なく日本人のために尽力されました。
(中略)
 あなたは、まさに日仏友好大使であり、全ての日本人にとって限りなく懐かしい友です。
 日本政府と日本国民は、この勲四等宝冠章を通じてイヴェット・ジローさんに感謝の意を表したいと思います。


ご冥福をお祈り申し上げます。
                                        
在仏日本人会(A.A.R.J.F)シャンソン教室主宰 久保田令子
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※イヴェット・ジローの勲四等宝冠章の勲記の複写は、日本シャンソン館(群馬県渋川市)に展示されています。

●イヴェット・ジロー
1916年9月16日、パリ生まれ
1957年12月 芸術と文学勲章「クロワ・ド・シュヴァリエ」受章
1959年2月 パリ市より名誉市民として、銀メダルを受賞
1997年1月 東京で「日本における」さよなら公演



 

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