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ロンドンのゲストハウス
sam 18 août 2018

パリの同時多発テロ 1週間後の街の様子

パリ同時多発テロが起きてから1週間。パリに住む私はようやく日常のリズムを取り戻そうとしている。ただ漂う空気はやはり重い。身近の人は無事だった幸運な私でさえ、胸がふさがった感じがする。

レピュブリック広場

小学校に通う息子の学校では大人は構内に入れなくなった。学校に用事がある大人は、係員に鞄の中身を見せなくてはいけない。

大勢が密集するショッピングモールでも同じように荷物の検査がある。利用客はこの安全対策に素直に従い、私の見る限りでは誰も抵抗しない。利用客にとっても、安心して買いものをしたいから、荷物検査をむしろ歓迎している。

事件の起きた13日の夜、私は恥ずかしながら21時ごろには眠っていた。サッカー好きな夫と息子はテレビでフランス対ドイツのサッカーの中継を見ていたが、テレビを見ている限り、試合が終わるまでテロに気が付かなかったという。


事件が起きた現場に足を運んだ。
まずレピュブリック駅で降りる。

レピュブリック広場

レピュブリック広場は今年の1月のシャルリー・エブド襲撃事件でも大勢の人が集まった。1月のときは表現の自由を訴えて、ペンや鉛筆を捧げている人が多かった。

今回は死を悼む花、ロウソクを灯す人が多い。
無数の花束。
それは突然訪れた理不尽な死を悼む市民の無念を表しているかのようだ。

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バー Le Carillonとレストラン Le Petit Cambodge

Le Carillon, Le Petit Cambodge
Bichat通りと Alibert通りの交差点にあるバーとレストラン

バーのガラスには銃弾に打ち抜かれた生々しい傷が残っている。
その傷跡を埋めるように花が差し込まれていた。

Le Petit Cambodge

ガラスの傷は、まるで砕け落ちた心、打ち抜かれた心臓のようだ。
華やかなバラなのに、可憐な表情をしている。これが余計切ない。

銃弾の傷跡の上に張り紙を見つけた。

「サラム」=平和
「私はイスラム教徒だ。そして私はテロリストではない。
イスラムの意味は「サラム」=平和
被害者の家族を支援する。
JE SUIS PARIS」

ピザ屋 La Casa Nostraとカフェ・バー Café Bonne Bière

La Casa Nostra

La Casa Nostra

ピザ屋の窓から、食べかけのピザが見えた。

La Casa Nostra

あとでテレビを見ていたら、その席に座っていた人は机の下に隠れていたから助かった映像が流れた。その映像はお店の防犯カメラの映像だった。安堵しつつも、彼らの心の傷を思うとやり切れない。

コンサートホール Bataclan

コンサートホール Bataclan

このテロで最も犠牲者が出てしまったコンサートホール。
警察官が今も多く、周りはシートが掛けてある。
道路を挟んだ柵には犠牲者の遺影などが掲げられている。

コンサートホール Bataclan

ビストロ La Belle Équipe

ビストロ La Belle Équipe

被害に遭ったレストランの特徴は道の角にあることだ。
このビストロで誕生日を祝うために訪れた人たちも犠牲になった。

この事件に関するご意見、情報、体験などをお聞かせください

 

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