「シャンベリー! シャンベリー ! ラララララ~」
こちらに住み始めてから、何度も耳にしてるフレーズです。
街に行く度に鼻歌のように上機嫌で歌う夫の姿を見て、勝手に私の中ではシャンベリーの街のテーマソングとなっています。生まれも育ちもここシャンベリーの彼は、この土地に愛着を持っている地元っ子なのです。
この街で過ごした年月を人生の中で一番幸せな時期だったと語る歴史上の有名人がいます。それは思想家で哲学者であったジャンジャック・ルソー。
今回は、彼にゆかりのある場所を紹介したいと思います。

1712年にスイスで生まれたルソーが、ヴァラン夫人とアヌシーで出会ったのが1728年。
その3年後の1731年から1742年まで、このシャンベリーで過ごした11年間はいったいどの様な生活だったのでしょうか?

ヴァラン夫人の導きで、この土地に住むことになったルソー。13歳もの年の差がある彼女を「ママン」と呼んで、慕っていたそうです。早くに母親を亡くした彼にとって、夫人は母親のように頼りがいのある存在であると同時に恋愛の対象でもあった様です。 彼女の援助によって教育を受けることができたルソーは、シャンベリーの良家の子女にソルフェージュを教えていました。

この建物にレッスンに来ていたといわれています。現在、一階部分は不動産屋さんになっています。いつも通るたびに、ここからピアノの音色が聞こえてきたら素敵だろうと思うのですが、まだ一度もチャンスに恵まれていません。
ヴァラン夫人と暮らしていたアパルとマンは街のメイン通りから小道に入り、細道を抜けた中道に見つけることができます。 残念ながら現在は普通の住居となっていて見学はできませんが、看板を見つけることはできます。

年月は過ぎても、中世の面影がしっかりと残っているもこの街の魅力といえます。
次回も引き続き、シャンベリーにあるルソーゆかりの場所を紹介したいと思います。
エヴルー由布子東京都出身。サヴォア地方に暮らし始めて3年目。日本人には観光地としては馴染みが少ない地方ですが、遊びに来た人は必ず気に入ってくれます。そのお手伝いをするのは私の楽しみです。










