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jeu 17 mai 2012

コゴランようこそ我が町へ

プロヴァンス=アルプ=コート・ダジュール地域圏ヴァール県コゴランから


アンティーブ、ピカソ美術館

アンティーブはニースの西、約20kmの距離に位置している地中海の典型的なリゾート地で、豪華ヨットが停泊する港と城壁に囲まれた中世期の古い町並みが訪れる人々を魅了します。

1608年フランス王国の支配下に置かるようになり、アンティーブの町の回りには城壁が築かれ、著名なヴォーバン設計の防塞もニースの町を見据えるかのように建築され、サヴォワ王国との国境警備が強化されました。しかし、同王国の支配下にあったニースが1860年フランスに併合され、アンティーブは城塞都市としての役目から逃れることとなったのです。1895年から1900年にかけて城壁は港と海に面した一部を残し解体されました。

今でも、中世期の街並みは車も通れないような路地が入り組んでいます。明るい南仏のリゾート地には違いないけれど、どこか静かで落ち着いた街並みがこの町を特徴付ける由来なのです。

旧市街マセナ通りの朝市
旧市街マセナ通りの朝市
豪華なヨットが停泊するアンティーブの港
豪華なヨットが停泊するアンティーブの港

城壁からは真っ青な海を見渡すことが出来、眺めは格別の美しさです。その城壁にそびえ立つ16世紀建造のグリマルディ城がアンティーブ市立ピカソ美術館。2008年7月に、およそ2年半に渡る修復工事を終え、リニューアルオープンされたばかりです。古い石造りの城のファサードと屋根の修復、防火設備と空調装置も整備され、車椅子の方も見学できるよう専用エレベーターが設置されました。

同美術館はピカソだけではなく、ニコラ・ド・スタールとクロード・ヴィアラの絵画や多数の彫刻家(ジェルメーヌ・リシエ、アルマン、セザール等)の作品も展示されており、今回の工事を期してピカソの作品(絵画、彫刻、陶器)は全て、画家のアトリエとして使われていた展示室がある最上階の3階に集められました。この工夫によって、各展示室を結ぶよう出口が新設され、見学の流れがスムーズになりました。

城壁から眺めたピカソ美術館
城壁から眺めたピカソ美術館
開館を待つ見学者
秋になっても開館を待つ見学者の列ができる程
ピカソの人気は高い

第二次世界大戦で、ナチス軍に占領されたパリで6年間監禁同様の生活を強要されていたピカソは戦争が終わり、解放されたかのように南仏へと旅立ちます。そして、スペインのバルセロナで青春時代を送った地中海人のピカソの心を捉えて離さなかったのがアンティーブです。

城壁が多く残り、華やかさはないけれど中世期のどっしりとした石造の建物とレンガ色の瓦屋根が旧市街全体に広がっています。ピカソは『アンティーブでの夜釣り』(ニューヨーク近代美術館所蔵)という油絵を1939年描いており、1945年にはドラ・マールと、そして1946年にはフランソワーズ・ジロとアンティーブを訪れています。

ピカソ美術館の前身は、グリマルディ美術館と呼ばれドル・ドラ・スシェール氏が館長を勤めていた美術館です。同氏が画家にアトリエとして使うよう美術館の三階、南西に面した明るい部屋を提供したのが、ピカソ美術館が開設されたきっかけになったとのこと。1946年、ピカソはフランソワーズと夏を過ごしたあと、9月半ばから12月半ばまでグリマルディ城で23枚もの絵画を創作しています。

戦後まだ物が不足していた時代だったこともあり、キャンバスではなく繊維セメント又は木製のボードの上にリポランというエナメル塗料、グラフィット 、木炭を使い、緑と青が基調の作品を残しています。代表的な作品は、青いアンティーブの海を背景にギリシャ神話に登場するサテュロスとケンタウロスと共に一人の女性が髪をなびかせ踊っている『生きる喜び』という作品。平和が戻った喜びとフランソワーズへの愛が謳いあげられた作品である。

ポスター
リニューアルオープンの宣伝ポスターとして使われた
フクロウを手にしたピカソの写真

翌年の1947年美術館内にピカソの間が設けられ一般公開されようになり、1948年には陶芸の村ヴァロリスでの陶芸作品が加えられ、徐々に作品内容が充実し、正式に1966年ピカソ美術館と命名されている。ピカソ美術館はパリにもバルセロナにもある。アンティーブの美術館は画家の晩年の作品を展示しているけれども、最初のピカソ美術館である。

 
● Musée Picasso
Château Grimaldi 06600 Antibes
入場料:6ユーロ
www.antibes-juanlespins.com/fr/culture/
アクセス:Antibes市内から、港方面へ徒歩15分ほど。SNCF駅からはおよそ800メートル。

反橋さん反橋妙子(sorihasi taeko)
1980年に渡仏。仏語を学び、言語学修士号を取得。リヨンで日本語教師を経て、南仏に移転後は観光ガイドとして南仏を回る。現在、通訳・翻訳業を専門とする。 taeko3011.jimdo.com
 
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