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英仏バイリンガル幼稚園・小学校
mar 24 octobre 2017

スブリームさん 喜びの種をまきながら
心の国日本で歌う

スブリームさん
Sublime

Chanteuse, Auteur

肩書き 歌手、作詞家
経歴 パリ近郊ヴァル=ドワーズ県出身。8歳でコンテンポラリー・ダンスとジャズ・ダンスを始める。1986年、日本へ渡り、福島県で6カ月間ダンサーとして働いた後、東京に移り歌手に転身。作曲家でトランペット奏者の三宅純や作曲家でアコーディオン奏者のcobaと出会い、共同で音楽活動を行う。94年にフランスへ一時帰国。99年、再び日本へ渡る。2004年、NHK教育テレビ「フランス語会話」に出演。現在は東京を拠点に音楽活動の他、ストリートパフォーマンスや役者、演出家としても活躍。
嗜好 料理が好きです。日本料理も得意、おせちも作ります。

日本で暮らすことになったいきさつは?

今から約25年前、フランスから脱出してできるだけ遠くへ、それまでとは全く別の世界へ行きたいと思っていました。南米やオーストラリアなど候補は幾つかあったのですが、それらに魅力を感じず、消去法で選んだ国が日本だったのです。距離だけでなく、言葉も分からない、文化的にもフランスから一番離れている国だと思いました。

生計を立てるために福島県にあるホテルでダンサーからスタートしました。でも、すぐに自分がダンサーには向いていないことに気付き、それに代わる活力の表現方法を見つけなければと、歌手という職業を選びました。

その後1990年代前半、コマーシャル音楽の仕事をしていた三宅純さんに出会い、モダンでありながら多様な音楽の要素を踏まえた彼の作曲に引かれ、彼と一緒に音楽を制作、演奏することに。それは今日まで続き、今年も彼とアルバムの制作を予定しています。

自分のルーツであるフランスの歌を歌いますが、同時に実験的、現代的な音楽を取り入れ、自分のスタイルを日本で作ってきました。自然な状態で歌い、周りの人たちに良い影響を与えたい。難しいことですが、日本に住む外国人アーティストとして、母国語で歌って成功するまで頑張るつもりです。

東日本大震災のためのチャリティー・コンサート「Tsunami et demain...」に参加されました。

東日本大震災の2日前に近親者の死があり、フランスに緊急帰国しました。震災時、私は日本にいなかったのです。大震災のニュースと身内の死とで悲しみに打ちひしがれていました。そんな折、日本人の血を引くミュージシャン、マイア・バルーの家に、日本のことを思う人々が集まりました。そこでこのコンサートの企画が持ち上がり、私も手伝いたいと願い出たのです。うれしいことに、多くのアーティストが参加を即快諾。当日、私は同情や哀れみ以上の強い気持ちを込めて歌いました。

25年間、なぜ日本が自分の心の国なのか分からずにいましたが、地震をきっかけに分かったのです。日本人の誇り高さ、勇気、他人への敬意、冷静さ、それら公徳とされるものに、これまで私自身が大いに助けられてきたことに。被災地の方々の態度に心から敬意を表します。あらゆる物質を失ったことに加え、もっと重大なのは生きる希望を失うこと。生きる喜びを失ったら最後だと思います。アーティストとして言わせてもらえるならば、我々の仕事は喜びの種をまくこと。喜びは今なくとも、その種はいつか芽を出します。

日本の人々に伝えたいメッセージはありますか?

自然災害を防ぐことはできませんが、原発設置は人間によって妨ぐことができます。貴重な民主主義のシステムを利用して、原発に反対すべく立ち上がってください。選挙のたびに棄権者が多い日本の市民は、政治にも無関心だと感じます。

今ここから被災地の方々にメッセージを送るには、自分はとても恵まれ過ぎた環境にいます。実際にそれを伝えるために、私は東北地方へ歌いに行きます。「希望」のメッセージを直接感じ取っていただけたら、と願っています。

LUDIC - Sublime & Jun MiyakeLUDIC
Sublime & Jun Miyake

2010年に発売された、三宅純との共同制作アルバム。2人のミュージシャンがそれぞれの出身国の特徴や魅力、技術を織り込んで出来上がった異国情緒のある12曲を収録。

www.yellowbird-records.com

 

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