
| ワルター・ベンヤミン |
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Walter Benjamin (1892-1940 ) 1933年。ナチス政権がドイツに成立したこの年、数多くのユダヤ系知識人がフランスへ亡命した。20世紀の偉大な思想家ベンヤミンもそのひとりである。主にドイツで哲学を学んでいるが、言語哲学やフランス文学にも関心が深かった彼とフランスのつながりは浅いものではない。1913年、21歳の時に既にパリを訪れており、そこで最初の妻となるドラと出会っている。また、詩人ボードレールに関する論文やプルーストの小説「失われた時を求めて」の翻訳を手掛けていること、あるいはバタイユやカイヨワといったフランスの思想家との交流は、ベンヤミンとこの国の強い結びつきを我々に明かしているだろう。
だが、パリに住む者、あるいはパリを訪れる者にとって、ベンヤミンの名前が身近に感じられるのは、そのパリに残るパサージュを通る時かもしれない。現在のパリにはヴィヴィエンヌやジュフロワなど有名なものを含めて20ほどのパサージュが残っているが、天井がガラス屋根で覆われた、「家屋でもあり街路でもある」このアーケードに引きつけられたベンヤミンは、「パサージュ論」 という未完に終わった膨大な草稿の束を残しているのである。そこにはショーウィンドーに飾られた品や、鉄骨建築、万国博覧会や娼婦を通して、商品社会が隆盛を極めるパリの歴史が哲学者の目を通して描かれている。ベンヤミンは1867年の万博において「パリは奢侈(しゃし)と流行の首都としての地位を不動のものにする」と言い、パリをこう名付けた。「パリ―19世紀の首都」。21世紀に生きる我々もパリに残るパサージュを通る時、たまにはこの哲学者の名を思い出してもいいだろう。 |

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