
| ジョヴァンニ・ドメニコ・カッシーニ |
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Giovanni Domenico Casshini (1625-1712) 世界有数の天文学研究所だったパリ天文台。この施設の初代所長となった男がカッシーニである。イタリアに生まれ、ボローニャ大学の教授だった彼がルイ14世に招かれ、その天文台の設立に関わることになったのは1669年。1671年には、初代所長の職に就く。1673年にはフランスに帰化し、フランス風にジャン・ドミニクと名乗り、パリでその生涯を閉じた。
彼の活躍は、ルイ14世の治世で華やいだフランスから、世界規模、いや、宇宙規模に及んだ。木星の衛星を観測し、またパリ天文台からはイアペトゥス、レア、ディオネ、テティスと4つの土星の衛星を発見し、さらに土星の輪の間にすき間があることを見つけたのも彼である(このすき間はカッシーニの間隙(かんげき)と呼ばれている)。 カッシーニの名は天文学には欠かせないが、その名をパリに刻んだのはジョヴァンニだけではない。ジャック、セザール=フランソワ、ジャン=ドミニクと、カッシーニ家の父から子へパリ天文台の責任者の職は継がれていき、その血統は実に120年にわたってその天文台を指揮していくことになったのである。また1793年にフランス全土の地形測量に基づいた地図が発行されたが、この計画を中心となって進めたのもカッシーニ一族で あった。 パリ天文台内にあるパリ子午線が床面に引かれている子午線室は、別名をカッシーニ室といい、またNASAとESA(欧州宇宙機関)が1997年に共同で打ち上げた土星探査機はカッシーニから名前を取ったものである。イタリアからやってきた天文学者一族の名は、パリでその才能を発揮し、現在に至るまで我々を宇宙空間へ導いている。 |

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