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| ガートルード・スタイン |
Gertrude Stein (1874-1946)絵画の世界ではフォービスムやキュビスムがパリを震撼させた、文学ではヘミングウェイやフィッツジェラルドなどアメリカからやってきた作家たちが自らの文学をパリで求めていた時代。その時代を語る上で欠かすことのできない女性の名が、ガートルード・スタインである。 自身の同性愛を描いた小説や抽象的で言葉のエッセンスを抽出したような実験的な文体で知られる彼女は、当時の芸術家や作家の庇護者としても歴史に名を残す人物である。
幼少の頃に家族とパリで数年を過ごした経験のある彼女が、カリフォルニアから兄のレオと再びパリに戻ってきたのは1903年のことであった。フルーリュ通り27番地に居を構え、後に絵画の収集家としても名を馳せることになるこの兄妹の家は、ピカソやマティス、ブラック、あるいはセザンヌやゴーギャンの作品で飾られるサロンとなった。また、このサロンは、友人でもあるピカソやマティスが足繁く通う場所となり、若い芸術家のエネルギーが渦巻く場となったのである。ピカソとスタインの友情は特筆すべきもので、ピカソはスタインの肖像を描き、またスタインはピカソについて「ピカソは絵の具で抽象画を描いているけど、私は言葉で抽象的な肖像を描こうとしているの」と2人の芸術的傾向が似ていることを示したと言われている。 胃がんにより72歳で、ヌイイ・シュル・セーヌで亡くなった彼女はこんな言葉を残している。「アメリカは私の国だけど、パリは私の故郷なの」。彼女はこの言葉を生涯違えることなく、パリで20世紀の芸術を支えたのであった。 |

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