
| ジーン・セバーグ |
Jean Seberg (1938-1979)1950年代後半、従来の映画の作法を革新したヌーヴェル・ヴァーグと呼ばれる波がフランス映画界に訪れた。その運動を代表する監督クロード・シャブロルやジャン=リュック・ゴダールの映画に出演しスクリーンを彩った女優、それがジーン・セバーグである。 アイオワ州に生まれたアメリカ人である彼女が初めて演じた役はフランスの聖女ジャンヌ・ダルク。女優としての仕事は偶然にも、そのスタートからフランスと深いつながりがあった。また後に彼女の名を一躍有名にし、その映画で彼女が演じたセシルのヘア・スタイル「セシルカット」が一世を風靡(ふうび)することとなった「悲しみよこんにちは(Bonjour tristesse)」も、フランスの有名作家フランソワーズ・サガンの同名小説が原作である。 彼女が結婚を機にパリに移り住んだのは1958年(生涯に3人の夫を持った彼女の2人目の夫は先月号で紹介した作家のロマン・ギャリ)。1960年には映画史に名を残すゴダールの「勝手にしやがれ(À bout de souffle)」でジャン=ポール・ベルモンドと共演。彼女の名もヌーヴェル・ヴァーグを象徴するようになった。 また公民権運動や黒人解放闘争を繰り広げていたブラック・パンサーの支援でも知られる彼女は、FBIにもマークされていたという。次第に精神を病んでいった彼女は、パリ16区に停められた車の中でアルコールと薬剤によって自らの命を絶つ。しかし、警察のその発表にも関わらず、彼女の死に謎が残ったままであるのも、FBIによる陰謀説などがあるからだ。 フランス映画の寵児であった彼女はパリでその生涯を閉じ、今はモンパルナスの墓地に眠っている。
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