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クリストバル・バレンシアガ

Cristóbal Balenciaga (1895-1972)

パリがモードの中心のひとつであるからには、この街を彩った外国人の中に多くのファッションデザイナーの名を挙げることができよう。スペイン出身の孤高のデザイナー、バレンシアガもそのひとりだ。ウンガロやジバンシーなどに影響を与えたデザイナーとしても有名で、そのエレガントなデザインは、女性らしくやわらかいデザインを得意としていたディオールとは対照的なイメージを打ち出して当時の人々の人気を二分し、モナコ公国大公妃グレースなど多くの女性を魅了した。

幼少時より針子であった母の手ほどきを受け婦人服の仕立てを学んだ彼は、カサ・トーレス侯爵夫人の援助を受けてスペインに店を開いた。店は成功していたが、フランコ将軍のクーデターに端を発したスペイン内戦を避け1937年にパリへ移り住み、ジョルジュ・サンク通り10番地にメゾンを構え、デザイン、カッティング、縫製をひとりで行う職人的かつ芸術家的なデザイナーの生み出す作品で世界的な名声を得た。その作品はエレガンスの代名詞とも言えるほど細部に至るまで美しく、その立体的なシルエットはキュビズムの芸術を思わせ、ときには16世紀、17世紀のスペイン絵画に見立てられ、またときにはスペイン芸術や民族衣装の影響が讃(たた)えられたのである。

人前に出ることを好まず、宣伝もせず、独特の世界を打ち立てた彼の引き際も、また見事にエレガントだ。1960年代、モード界が既製服化、カジュアル化、ビジネス化に傾いていく中で、その流れに追随することを拒むようにして1968年に急きょオートクチュールを引退。アトリエと店を閉め、スペインへと引き返し1972年にこの世を去ったのであった。

クリストバル・バレンシアガ
バレンシアガは10,Avenue George Vに店を開いた。
彼の引退とともに店は一度閉まったが、
その後、同じ住所に再び店が作られた


塩谷祐人(ENYA Masato):明治学院大学大学院を経て、現在パリ第VII大学に在籍。亡命文学をテーマに博士論文を準備中。

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