
食糧自給率が120%を超える、
欧州連合(EU)一の農業生産国であるフランス。
しかし3年前から農産物の価格が下落し続け、
生産を断念する農家が急増。
農業従事者による抗議運動が各地で活発化するなど、
政府に対し、対策や支援を求める動きも増している。
フランスはこの危機にどう立ち向うのか。
フランス農業の現状と未来を探る。
(texte: Kei Okishima)
止まらない牛乳価格の下落
仏食料農業水産省が発表した統計によると、2008年から2009年にかけて農家の平均所得は、34%減少、中でも酪農業は54%と減少率は最大だった。欧州全土で牛乳価格の下落が止まらず、生産断念に追い込まれる酪農家が続出。これに伴い2009年秋頃から欧州各地でEUや各国政府に対して牛乳の供給制限や支援を求める激しい抗議運動が盛んに行われ、各国政府、欧州委員会とも応策に頭を抱えた。
この問題と切り離せないのが、EUの共通農業政策(PAC)だ。これは、EU内の農家の生活水準を守り、消費者に公正価格で安全な食品を提供できるようにするための政策のこと。この中で酪農は、乳製品の過剰在庫を抑制するために、加盟国別に牛乳の生産上限を設定するクォータ制度によって保護されている。
しかし2008年、世界の牛乳需要増大を視野に入れた市場開放の動きと生産拡大などの理由から、2015年までにクォータ制度を撤廃することが決定。ところがこの決定直後、経済危機の影響で乳製品の売れ行きが急激に悪化。これに伴い在庫の増えた牛乳の価格は著しく下がり始めた。EUはこの危機に対し、輸出補助金の再導入や介入買い入れなどの対策を実施するも、市場回復の兆しは見られない。そして現在、酪農家らによる抗議運動が各地で広がっている。この事態を受け、小規模酪農家の多いフランス・ドイツ両政府が中心となり、介入買入価格と輸出補助金単価の一時的な引き上げ、クォータ拡大の凍結を柱とする案を欧州委員会に提出。しかし、酪農の大規模化が進むオランダなどは自由化に向けた生産拡大に意欲的で、クォータ制度に関する考え方は加盟国内で意見が分かれている。
フランスの酪農家は問題解決に向けて何が必要だと感じているのだろうか。仏酪農家団体(OPL)によると、牛乳1リットル1.9ユーロのうち、酪農家が適正水準で生活するためには最低40サンチーム必要であるのに対し、実際に生産者が得ているのは27サンチーム。自由化によって牛乳量が増し、さらに価格が下がることを懸念する同団体の酪農家はこう訴える。「我々はクォータ制度にこだわっているわけではない。しかし牛乳の過剰生産を防ぐ何らかの規制は必要だ」。また欧州14カ国の酪農団体が加盟する欧州ミルクボードは「常に量が固定された現行のクォータでは意味がない。牛乳の需要を半年ごとに調査し、それに合わせて生産量を決める、フレキシブルなクォータ制度が求められている」と主張、欧州委員会に理解を求めている。
収入が生産費用を下回るフランスの農家
野菜や果物の生産農家も収入の減少に頭を抱えている。最大の問題は、収入が生産費用を下回ることだ。果樹園を営むピリオレ氏が仏メディアに語ったところによると、1キロ当たり3ユーロで店頭販売される洋梨を作るために最低40サンチームの費用が掛かるのに対し、実際に生産者が得る金額は17サンチーム。しかし他に販売の手段がない農家は、この値段を受け入れるしかない。中国産のリンゴやチリ産のキウイなど国際競争が激化する中で市場価格の下落に対抗する術もなく、毎日8時間から14時間の労働に加え、週末も働くという過酷な労働に耐える農業従事者。それにも関わらず、定年後の年金はフランスの貧困層よりも低い。将来の不安を抱えたまま、今日を生き伸びるための金銭を得るために家を売らねばならない農家が急増している。
政府による対策
この深刻な事態を受け、政府は2009年10
月に農業特別支援プランを発表。これは農業従事者に対し、諸経費を一時的に国が補助し、低金利で融資を行う支援だ。EU諸国の中でもフランスは、雇用者に対して支払う社会保障費が高い。例えば収穫時に短期雇用する際の時給は、スペインやドイツが7~8ユーロなのに対し、フランスは11.26ユーロ。この負担を軽減させるための補助金を導入し、さらに環境税や借金の利息の一部に補助金を充て、農業従事者を支援する。また銀行から融資を受けらなかった農業従事者にとって、低金利で融資を受けられるこのプランはありがたい。しかし経営危機に瀕 (ひん)している場合には、一時的な運転資金の調達が必ずしも問題解決にはつながらない。利益が得られるめどが立たず借金が積もるばかりだと、借り入れを拒否する農家も多い。
抜本的対策として今年1月、ル・メール食料農業水産相は「農業・漁業近代化法案」を閣議に提出した。これはフランス農業の向かうべき方向を位置づけた法律であり、美食の国としての伝統を保ち、国際市場の中で競い合える安全で良質な食品の十分な量の生産がフランスにとって大切だとしている。現時点で生活苦にある農業従事者に対する解決策としては、①農作物の価格の透明化、②農業従事者と分配業者間における価格などの条件の契約化および、違反時の罰金義務化、③農家の天災保険加入のための資金援助などが盛り込まれている。
環境と食の安全
第二次世界大戦後深刻な食糧危機に陥ったフランスは、農作物生産増のために努力してきた。しかし、アメリカのような農業大国と競い合うために生産性至上主義農業を貫いたフランスは、水質・土壌汚染に悩まされるようになる。
経済協力開発機構(OECD)加盟国の2001年から2003年までの農薬使用量は、アメリカが全体の38%、一方のフランスは10%。しかし、1ヘクタール当たりの平均農薬使用量は、アメリカが1.8kgなのに対し、フランスは4.4kgと多い。ただし2000年から2006年にかけてフランスは農薬使用量を18%削減させており、2007年の環境グルネル会議では、危険性のある農薬の使用量を2018年までに半減させるという目標を掲げた。
2050年に90億人に達するといわれる世界人口に対応できるだけの生産物の確保や、年々深刻化する環境破壊を食い止めるために、フランス政府は昨年「土壌目標2020」を発表した。持続可能な農業を築くには、生物多様性の保全が不可欠だ。そのためには効率的な水の利用、良好な水域生体に戻すための努力、太陽エネルギーの利用促進などが求められる。再生可能エネルギーの使用が活発になれば、原油や肥料高騰時に重くのしかかる農業従事者への負担も軽減されるだろう。
有機農業は消費者の求める未来
食の安全に対する消費者意識が高まる中、有機農業は急速な拡大を見せている。政府も2012年までに農業全体における有機農業の割合を現状の2%から6%に、2020年までに20%に引き上げる目標を打ち出した。有機食料品の開発・振興を目的とするAgence BIOによると、2009年に有機農業への転向を約束した経営者数は3600件、前年度に比べて23%増加。フランスの有機農業面積は67万ヘクタール(うち転換中面積が15万4000ヘクタール)で、利用農地面積の2.5%となっている。
また意識調査によると、消費者の84%が 有機農業の更なる発展を望んでいる。利益が上がり永続性が見込める有機食料品は、大手スーパーでも独自ブランドとして開発を進めている。しかし、フランスにおける有機食料品は輸入に依存するところが大きい。2008年にフランスで販売された有機食料品のうち輸入品は30%そのうち3分の1はフランスでも十分生産可能な穀物や野菜であり、今後この分野での伸びが期待される。
有機食料品の認証マークである「AB」ラベルは消費者の認知度が高く、84%が購入する際にこのラベルを目安にしている。他にも家畜の健康管理や飼育環境、衛生面の管理などを保証する赤ラベル(Label Rouge)、特定の場所で条件を守って製造されたことを保証する原産地呼称統制制度(AOC)などがあり、品質を保証する商品に力を入れるのも、今後国際市場で生き残る知恵かもしれない。
国際競争が激しい今日、フランス農業が勝ち抜くにはリーズナブルな価格だけでなく、ブランド力が必要になる。そのために政府が打ち出した抜本的な改革は、現在生活苦にある農業従事者に対する解決策として、即効性はない。しかし、生産性を第一に考えてきたフランス農業が未来のために新たな課題に立ち向かい、農業大国としての新たな可能性を探っていることは確かだ。
欧州連合における農業生産
(単位:10億ユーロ)2008年 出典:Eurostat
フランス |
|
66.8 |
ドイツ |
|
48.2 |
イタリア |
|
46.1 |
スペイン |
|
40.5 |
イギリス |
|
23.6 |
オランダ |
|
23.5 |
ポーランド |
|
21.6 |
ルーマニア |
|
17.0 |
ギリシャ |
|
10.4 |
デンマーク |
|
9.5 |
他のEU 加盟国 |
|
60.1 |
利用農地面積における有機農業面積
(単位:%)2007年 出典:Eurostat
1位 |
オーストリア |
11.7 |
|
13位 |
ドイツ |
5.1 |
2位 |
スウェーデン |
9.9 |
14位 |
ノルウェー |
4.7 |
3位 |
ラトヴィア |
9.8 |
15位 |
リトアニア |
4.5 |
4位 |
イタリア |
9.0 |
16位 |
イギリス |
4.1 |
5位 |
エストニア |
8.8 |
17位 |
スペイン |
4.0 |
6位 |
チェコ |
8.3 |
18位 |
ハンガリー |
2.5 |
7位 |
ギリシャ |
6.9 |
19位 |
オランダ |
2.5 |
8位 |
ポルトガル |
6.7 |
20位 |
ベルギー |
2.4 |
9位 |
フィンランド |
6.5 |
21位 |
ルクセンブルク |
2.4 |
10位 |
スロバキア |
6.1 |
22位 |
フランス |
2.0 |
11位 |
スロベニア |
6.0 |
23位 |
キプロス |
1.6 |
12位 |
デンマーク |
5.2 |
24位 |
アイルランド |
1.0 |
国の支援なしで運営に成功するAMAP
国の援助に頼らずに生計を可能にした農業組織AMAPがある。現在フランスに1200以上あるAMAPは、生産者と周辺に住む消費者が契約を結ぶ提携システムで成り立つ。コミュニケーションを大切にし、消費者が求める安全な作物を育てるよう、生産者は最大限の努力を払う。消費者は生産者に6カ月から1年分の代金を前払いし、週に1度収穫物を取りに行く。こうして、生産者は資金繰りに困ることなく生産を続けられ、消費者自ら収穫物を引き取りに行くため、運送・梱包費用などのコスト削減にもなる。畑が忙しい時期には、時間のある消費者が無償で手伝うのも大きな特徴。畑に触れることで、食の安全や農業への理解は一層深まる。仮に悪天候が続き収穫がゼロだったとしても、払い戻しは一切ない。逆に豊作であれば、予定量よりも多くの農作物を消費者に提供する。また、消費者は野菜を選べない。その土地で、その季節に採れる野菜を農家から分けてもらうという考えだ。自分の食べるものを自分の目で確認し、好天を祈り、畑に従って献立を組む生活にリズムを変えることで、自然と農業に対して親しみや関心、感謝の念を抱くようになる。
実はこの仕組み、70年代に日本で始まった提携システムを模倣している。高度経済成長期の日本では公害病が多発し、安全な食べ物を手に入れる運動が起きた。これが海を越えアメリカで根付き、フランスの農業従事者ダニエル・ブイオン氏の目に触れた。2001年、ブイオン氏が南フランスで創設したAMAPは、メンバーを増やし続けている。
グローバリゼーションにより農業問題が複雑化し、解決策が見えにくい今日。だからこそ農業の基本に戻り、自分の目で事実を確認できる小規模なAMAPが、人々に受け入れられるのだろう。
AMAP 公式サイト
www.reseau-amap.org
 2009年9月18日、牛乳価格下落への抗議として、フランス西部アルデヴォンの酪農家たちが350万リットルの牛乳を農地に放出した。
©AP Photo/David Vincent
 2010年3月1日、国際農業見本市での酪農家1000人上によるデモ。
 2009年9月21日、ストライキをするロデーズにある酪農工場。
 有機食料品専門店に並ぶ、各国から集められた果物。
 大型スーパーでは有機食品のプライベートブランドが展開されている。
 最良品質を保証する赤ラベル
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