「Carne」「Seul contre tous(カノン)」「Irréversible(アレックス)」……作品を発表すれば論争が起き、今や「カンヌの問題児」、「フランス映画界の異端者」といった異名を持つ映画監督ギャスパー・ノエ。7年ぶりの長編「Enter the Void」は彼の愛する街・東京を舞台に描く、肉体から離れた魂の旅物語だ。( Interview et texte : Ryoko Umemuro)
ギャスパー・ノエ
1963年、ブエノスアイレス生まれ。12歳でパリに移住。91年「Carne」でカンヌ映画祭国際批評家週間賞受賞。98年、続編にあたる初長編映画「Seul contre tous(カノン)」をカンヌ国際映画祭出品。02年長編2作目「Irréversible(アレックス)」、09年長編3作目「Enter the Void」共にカンヌ映画祭コンペ部門出品。寡作ながら、作品を発表するごとに賛否の声と激しい議論を呼ぶ。
Photo : Ryoko Umemuro
作品ごとに独自の表現手法を用い、見る者に驚きの映像体験を与えてきた監督が「Enter the Void」で見せるのは現世をさまよう死者の魂。死のふちに見た世界、成仏できぬ魂は現世と内面を巡り、生の核を見い出す。
「死後について興味があり、10代の終わり頃にチベットの『死者の書』などたくさんの書物を読みあさったんだ。呼吸法を試してみたり、幽体離脱も試みたけど叶わなかったよ」。その時、監督はふと「これを映画化できないだろうか」と思いつく。「本はたくさんあるのに、そういった映画は今までなかったから、僕の出番だと思ったよ」。構想の出発点は、「死後霊になって旅をするものを映像にできないか」。約25年の年月を経て実現した。
映像化されたことのない世界の映画化。ノエ監督は映画を作る際、文字や絵、音楽、映像などを使いその映画に関する資料を作る。そして、人生の中で影響を受けたさまざまなものが監督自身の中で混ざり合い、発酵され、映画になって表れる。今回、特殊効果で「アバター」のピエール・ブファンが、音響効果で前作でもタッグを組んだダフト・パンクのトーマ・バンガルテルが監督の思い描く世界の映像化に加わる。映画の舞台は東京に決まった。
「住みたいと思える場所は2つ、
パリと東京だけだよ」
故郷から遠く離れた新宿の小さな部屋に暮らす外国人兄妹。兄は麻薬ディーラー、妹はストリッパー。カラフルで猥雑な街に生きる、世にはぐれた若者たち。「特に男の子が多いけど、フランスの思春期の子たちは『日本は夢の国』というイメージを持っているんだ」。
これまでの来日歴は20回以上。訪れる度に日本の印象は良くなり、今では住みたいと思うのは現在暮らすパリと東京だけだという。
「日本は文化が豊富。映画、漫画、文学……いろいろな芸術が綿々と豊かに歴史の下に続いている国だ。フランスも芸術に対して非常に理解があり、たくさんの外国人が訪れて芸術的な交流をしてきたという歴史がある。そういう意味では、両国とも芸術面で評価できるよね」。日本映画に対する評価も高く、所有するDVDの約1/3が日本映画なのだとか。「日本の国土面積を考えれば、すごいことだよ」。
本撮影で多くの日本人に触れた監督は、日本人についてこう語る。
「料理人であるフランスの友人も言っていたのだけど、日本人は自分の良いところを最大限に仕事で発揮したいという気持ちがとても強い。例えば、今日の偉大な文学者の一人で、フランスでも多くの人に読まれている村上春樹も、仕事に対して完璧を求めるという気質があるように感じるよ。一方、フランス人は非常に個人主義的な傾向があるね。それぞれが自分のやりたいことを追求するんだ。でも、その原動力は立身出世や金が欲しいということではなく、性的な欲望や恋愛で、そういった部分を大切にしているのだと思う」。
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日本人とのコラボレート
自身の映画制作スタイルを「アマチュア的でフランス人の中でも変わっている」と言うノエ監督がフランス以外で長編映画を撮影するのは今回が初めて。
「フランスの監督には慣れていないだろうし、僕の映画の作り方は非常に感覚的なんでね。思いつくまま、その場ごとで方針を変えてしまったり。周囲を驚かせてしまうこともよくあったと思う」。撮影当日にキャストを変更したこともあったとか。「助監督が一番驚いただろうね。最後の最後まで何度も熟考を重ねているから、決断はいつも本当にギリギリで下すという具合。びっくりの連続だったと思うけど、『最後の決断がいつも一番良かった』と助監督が言ってくれたのでうれしかったな」。
日本でノエ映画のファンは多い。現場の日本人スタッフは驚かされながらも、監督への尊敬や共に作れる喜びを持ち参加したのだろう。「日本人とのコラボレートは非常にうまくいった」と言う監督は彼らの姿に感動も覚えた。
「ひとりの青年が自主映画を作るとする。その場合、スタッフはボランティアで、時間など関係なく生き生きとその映画に携わる。でも大人になって仕事として映画に携わるようになるといろいろな制約が生まれ、没頭できないこともあるんだ。今回は日本とカナダで撮影をしたけど、カナダではなんだか居心地が悪かった。労働組合がかなり力を持っていて、時間的な制約もあったしね。一方、日本での撮影はすごく気持ちが良かったんだ。スタッフはすごくモチベーションが高く一生懸命働いていた。自主映画ではなく商業映画として成立するものに対して、30代から50代の多岐にわたるプロのスタッフ一人一人が青年のように生き生きと情熱を持って取り組んでいた。感動したよ。もし今フランスで映画を撮ったら、同じように参加してくれるのかなとも思ってしまうし、また日本で撮影ができるとしたら、うれしくてすぐにでも飛んで来たいね」
ギャスパー・ノエが放つ衝撃的映像はイメージへの忠心さだけで生まれるものではない。逃げ道を潰していくかのような研ぎ澄まされた映画世界は彼の純粋さ故。その世界を最良のかたちで実現させるために努力を惜しまなかった日本人スタッフたち。日仏人がひたむきに取り組んだ本作は、我々に新たなイマジネーション体験を与える。
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