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| バレエ・リュス |
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Ballet Russe (1909- ) 1909年5月、パリ・シャトレ劇場。ロシアからやってきた驚くべき芸術がパリを魅了した。ニジンスキーなど天才ダンサーを抱えたバレエ団バレエ・リュスが舞台に上がったのである。仕掛け人はセルゲイ・ディアギレフ。共通の友人を介して詩人ジャン・コクトーと出会った際に、コクトーの才能を認めていながらも「私を驚かしてみたまえ」という言葉で挑発したという逸話を持つ人物である。コクトーはその後、自らの詩とサティの音楽、ピカソの美術によって舞台「パラード」 を作り上げることになるが、これがバレエ・リュスによって演じられたのもまた、シャトレ劇場であった。
ロシア絵画展や音楽会をパリで催しており、ロシアとフランスの芸術交感を作り出していた。そしてダンサーの技術だけではなく“ダンス・舞台・音楽”が結びついた総合芸術としてのバレエを目指していたフォーキンと共に、洗練されたヨーロッパ芸術の中心にエネルギーの塊のような身体芸術を注入したのだった。そして、そこに引き込まれたのはコクトーだけではなかった。マチスやユトリロ、ミロといった画家やミヨーやプーランクといった音楽家、さらにはココ・シャネルまでもがバレエ・リュスに惚れ込んだ。 パリの芸術家たちを魅了し、パリの芸術家たちによって高められたこのバレエ団は、ロシア人によって作られたにも関わらず「バレエ・リュス」とフランス語で呼ばれることが多い。また、その歴史的初演公開がパリであったことは、フランスとロシアの交感によって完成されたこの二重国籍の芸術を象徴している。 |

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