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| アンドレイ・タルコフスキー |
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Andrei Arsenievich Tarkovskii (1932-1986) 聖アレクサンドル・ネフスキー寺院。タマネギ形のドームを冠し、ビザンティン様式の佇まいをしたそのロシア正教寺院は、凱旋門の近く、ダリュ通りにある。ここは、ロシアの映画監督タルコフスキーの葬儀が行 われた場所である。
「アンドレイ・ルブリョフ」や「惑星ソラリス」などで知られるこの偉大な監督は、祖国ソ連を離れた後「再び国に戻ることはない」と自らの亡命を宣言した。それは、祖国ソ連を想う主人公を描写した「ノスタルジア」を完成させたすぐ後(1984年)のことであっただけに、痛切な宣言として我々の耳に残る。ソ連人が故郷を離れたとき、ルーツや文化、生まれた場所に、いかに運命的に執着するかをこの作品で描こうとしたと彼は語っている。西欧文化に受けた影響や、カンヌへの抑えきれぬ気持ちを彼の日記に垣間見ることもできるが、彼自身もまた、祖国を胸に抱いたままパリに没したソ連人の1人だったのだ。 しかし実は、彼とパリのつながりはそう深いものではない。彼が好んで住んだのはむしろイタリアであり、 パリに移ったのは死の直前1986年。しかも病気の養生が主な理由であった。だが、それでもやはり彼がパリで客死したことにある種の運命を感じざるをえない。彼は1972年の日記に「パリはすばらしい街だ。ここでは、人はこんなにも自由を感じるのだ」と書いている。自由な表現を求め亡命を選び、また祖国を離れた後ノスタルジアに苦しんだ彼は、自由の街パリに建てられたロシアの教会からこの世を去った。 |

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