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ロンドンのゲストハウス
sam 25 juin 2016

都市計画家の発見したパリのミルフィーユ

パリの街角というと、何を思い浮かべるだろうか?
パリには多差路が多いため、街角は十字路が作る「四角」ではなく
「くさび形」になることが多い。
この不思議な形をした街角には、カフェやブーランジェリーが多くあり、
街角の風景をつくっている。

都市計画家の三宅正弘氏は、パリのブーランジェリーを歩いて回り、
街を分析している。 三宅氏がこのフィールドワーク
「1日1店365日のミルフィーユの旅」を通して出会ったものとは?
パリの街を少し異なる角度から旅してみよう。

(文・スケッチ:三宅正弘)

パリのミルフィーユ地図

パリのミルフィーユ地図

パリのミルフィーユ

種類

ミルフィーユ・グラッセ

ミルフィーユの定番で、砂糖がけに矢羽模様が入ったクラシックなデザインのもの。
ミルフィーユ・プードル
表面に粉糖がかかったもの。
ミルフィーユ・チュニジアン

チュニジア出身の職人が作るミルフィーユ。パイが主体で、クリームは薄く塗られている。
アレンジされたミルフィーユ

プラリネ、ピスタチオ、フランボワーズ、フレーズといった、オリジナルのミルフィーユがある。

クリーム

クレーム・ムースリー

バターが加わった白っぽいクリーム。パティスリーに力が入るブーランジェリーで見掛ける。
クレーム・パティシエール



黄身を使ったカスタードクリーム。クレーム・パティシエールの意味は、「お菓子屋さんのクリーム」ということだが、観察したところ、今はパン屋さんのお菓子が、黄色いクレーム・パティシエールで、お菓子屋さんがそうでないようだ。



ミルフィーユ記録ノート

4月1日から毎日1店ずつのデーターが
水彩画で記録されている。
サイズ、形状、パイ、クリームの種類、
立地、お店のスタンプが押されている。



パリの「アイデンティティ・プレイス」

パリの五差路パリのミルフィーユ探し第1日目に出会ったのは、五差路で1番とがった街角のブーランジェリーのミルフィーユだった。街角に突き出す店は目立つ。ここにはオリエンタルな菓子も並んでいた。それからもミルフィーユを探し続け、毎日歩いていると、目に入ってくるのは街角のブーランジェリーだった。発見したことは、ブーランジェリーが、街角に立地することが多いことだ。そこに早朝から地元の人の列ができ、少なからず会話がある。建築・街角という物的な空間と、暮らす人々によって風景が形成されている。

渡仏前からミルフィーユを連続365日間味わうことは決めていた。パティスリーを中心に回り、各ミルフィーユを比較しながらパリの街を分析してみようと考えていた。ところが、パリに来て数日すると、歩きながらパティスリーを見つけることは難しいことだと分かる。そもそもパティスリーが街角にあることは少ない。それだけにブーランジェリーがつくる街角の風景に強く引かれた。ブーランジェリーは人々の身近にある。  

都市計画にとって、暮らす人が自分の地区を感じることのできる場所作りは大切なことである。私はそんな場所を「アイデンティティ・プレイス」と呼んでいる。思わず笑顔になったり、人への感謝の気持ちが口から出たりするというようなテーマが、それぞれの地域にある。地域のことを考えるきっかけになるもの、それは「宝物」だ。暮らしている人の意識が結果として街をつくっている。パリの街にはどんな「宝物」があるのだろうか。それを探したかった。フランスでは、ブーランジェリーがそうした役割を果たしていると思うようになった。さらにそこでパリの人たちも気が付いていない魅力を発見したい。

ミルフィ-ユ・チュニジアンとの出合い

こうしてミルフィーユ巡りを始め、6日目になったある日のこと。コーヒー風味の砂糖掛けが施されているミルフィーユに出会った。最初は単なるコーヒー味の種類だと思っていたが、その後もたびたび見掛けるようになる。表示は、単に「ミルフィーユ」だが、1カ月後に19区で、同種類のものが「ミルフィーユ・チュニジアン」と書かれているのを発見した。  

ミルフィ-ユ・チュニジアンどうやらこの種類のミルフィーユがチュニジアに関係するものだと分かって以来、このミルフィーユを見つけるたびに、「ミルフィーユ・チュニジアンを1つください」と言うようにした。このひと言で、急にお店の人が驚いて笑顔に変わることを発見した。その笑顔を見たくて、このミルフィーユを見つけるのが楽しみになっていった。そもそも私の研究は、その街で話題にのぼると笑顔に変わる題材を発見し、そこから街づくりを考えていくという方法を取っているので、この発見はうれしかった。そうして、チュニジア出身の人と出会うたびに、このお菓子の話をして楽しむようになる。あるタクシーの運転手さんは、ミルフィーユはチュニジアがオリジナルとまで言っていた。とにかく盛り上がる題材である。

そうしたチュニジアの人たちと話していると、どうやら彼らのミルフィーユとは、パイのパリパリとした感覚が重要だということが分かってきた。確かにパリのミルフィーユ・チュニジアンは、どこもパイが主体でクリームは少ない。したがってフランスでよくあるミルフィーユよりも、かなり薄い。パイが重要なお菓子のようだ。本当は、すぐにチュニジアに飛んでいかなければならないのだが、ちょうど近所のマダムから、チュニジアの映画「ミルフィーユ」がストーリもすばらしいから見てきなさい、と教えていただいた。この映画にはミルフィーユが登場し、皆でパイをこねるシーンが強調されている。映画を見ていても、パイのお菓子だということが感じられる。パリのブーランジェリーのお菓子の中で、ミルフィーユだけがチュニジアの人々の色が出ているのがおもしろい。フランスの定番菓子の中で、唯一、いろいろな店で多様なものが生まれているミルフィーユ。チュニジアの人たちが、故郷を思って作ったのだろうか。それともミルフィーユは、自分たちがオリジナルだから、これだけはチュニジアに近いものを並べているのだろうか。ミルフィーユ・チュニジアンの歴史の旅は始まったばかりである。

Millefeuille「Millefeuille」(2012)
チュニジア映画
監督:Nouri Bouzid


2人の女性が、伝統的イスラム教、イスラム文化の社会の中で、自立と自由という問題に立ち向かっている。彼女たちを通して、チュニジアでの革命、将来像といったものが象徴的に描かれている。この映画で皆が笑顔になる象徴的なシーンが、皆でミルフィーユを作るところだ。ミルフィーユにはチュニジアやフランスの社会を読み解く何かがあるように思えて仕方ないのだ。 (2013年10月8日 DVD発売 / Orange Studio)

ミルフィーユ

パリの地区で異なるミルフィーユ

4月1日から1日1店ずつパリと郊外を歩き、これまでに合計約150のブーランジェリーを回った。こうしてミルフィーユを追っていると、実に多彩なものが日々考案されていることが分かる。その結果を左の地図に示してみた。この地図はミルフィーユの種類ごとに色分けをしている。分布を見てみると、10、11、19区と北東の地区で多様な色の分布を見ることができる。ミルフィーユ・チュニジアンもこの辺りに多く、ミルフィーユ・グラッセの割合が高いことも特徴だ。14、15、16区になると、このグラッセの率はやや下がり、それ以外の工夫されたオリジナルのミルフィーユも多くなる。このようにオリジナルのものが作り出されるのは、フランス菓子の定番の中であまり多くない現象であろう。個性を出すためにブーランジェリーは心を砕いているようだ。そんな中にミルフィーユ・チュニジアンもある。

私の専門は都市計画で、毎年テーマを決めて日本全国を回ってきた。最も多く行っているのはケーキ屋さんである。それはケーキ屋さんが「アイデンティティ・プレイス」になっている街が少なくないからだ。また一昨年は、365日間で日本全国47都道府県365店を訪れ、自家製のカステラ365種類を味わった。これには和菓子店も対象に入れた。なぜ、こうしたことをするのかというと、地方による個性を知るだけでなく、そのお菓子や料理が、地域社会の中でどのような役割を果たしているのか、そして将来どのような可能性を秘めているのかを研究しているからだ。日本では郊外の住宅街にあるケーキ屋さんが、そこに暮らす人にとってお気に入りの店になっていくことで、自分の街の自慢にし、自分の街を意識するきっかけになっているところが少なくない。郊外の新興住宅街では、街にあるお店がケーキ屋さんだけというところまである。

自分の街の将来像やまちづくりを考えていく場合、そうした店を例に挙げると人々は笑顔になって自分たちの街のことを議論するきっかけにつながる。だから私は、その街の人々が、自分たちの街のことを建設的に考えていけるような切り口や、題材を探しているのだ。それは何もお店だけではなく、生活用品に至るまで、その地域で今だけでなく過去も含めて大切にされてきたものを探していく。これまでの仕事のなかで大きな展開があったのは、四国の地方で「遊山箱」という、かつて身近に使われていたお弁当箱を切り口に、まちづくりに取り組んだことだ。それはその地域の人が、この話題になると笑顔に変わることを発見したのがきっかけだった。今では多くの人が再びこの弁当箱に目を向けるようになっている。

ミルフィーユ・チュニジアンの発見は、そのときと同じ笑顔を感じた。国は違って、コミュニケーションも難しいにも関わらず、とにかく盛り上がるだけに、パリに暮らすチュニジア出身者にとって、大切な存在であることが分かる。そんな存在のお菓子が、ここに暮らすパリジャンたちにも広がっていかないのだろうか。チュニジア出身者たちのこの笑顔が、これからのパリの都市計画に何か光をともしてくれるのではないだろうか。私の直感ではあるが、そう感じたのだ。

これだけ無数に書かれているパリのお菓子ガイドにも、このミルフィーユが載っていないのは不思議だ。多くの人が興味のあるミルフィーユだからこそ、フランス人にもまだあまり知られていないミルフィユ・チュニジアンを知ってもらいたい。そもそもミルフィーユとは、単なるフランスとチュニジアだけのお菓子ではなく世界で親しまれているお菓子である。アルゼンチンではミルフィーユのことを「ミロハス」といい、アルゼンチン出身の人とはこの話題で盛り上がる。ウイーンに行けば同様の菓子が「クレーム・シュニッテン」と呼ばれている。こうした共通性があるものは、多くの人々が共有できるテーマになると同時に、逆に自分たちの身近なものとして、個性を自慢したくなるものでもある。チュニジア出身者たちが発しているメッセージを、パリの人々が感じ、両者の交流によってさらなる新たなお菓子が生まれていくことを期待する。いつか、このお菓子は「ミルフィーユ・チュニジアン」から、パリで磨いていくことで、「ミルフィーユ・パリジャン」へ、そして多くの人に親しまれるお菓子になって欲しい。

ミルフィーユ


チュニジア出身者のブーランジェリー

地図を見てみると、ミルフィーユ・チュニジアンのお店はもちろんチュニジアの出身者による店だが、それ以外にもお店で話していると右岸や郊外にも同国の出身者が多いことが分かる。モロッコ出身者にも出会うが、チュニジア出身者の方が頻繁に出会う。  

今年の4月、バゲットコンクール(La meilleure baguette de Paris)の受賞者が発表された。フランスの伝統を守りながら発展させていく目的で行われているものだが、このコンクールで1位に輝くと、受賞金のほか、エリゼ宮に1年間バゲットを納める栄誉を手にする。2013年の同コンクールでの受賞者は、14区にある、リダ・カデール氏のものであった。1位に輝いたブーランジェリーの地区に住む人たちは、大統領と同じバゲットを楽しめるわけで、住民は自分の街を誇りに思うだろう。パリの「アイデンティティ・プレイス」は、こうしてチュニジア出身者によっても支えられていくようである。カデール氏のミルフィーユは「ミルフィーユ・グラッセ」だが、このように表面にチョコラ色とカフェ色の2色で線を入れるものは他では見たことがない個性的なデザインだ。また他のミルフィーユ・グラッセではカスタードクリームがほとんどだが、ここのものはバニラが利いていることも特徴だ。カデール氏は、このミルフィーユはフランセーズだと教えてくれたが、このカフェ色の線は、ミルフィーユ・チュニジアンのグラッセの色をほうふつさせる。私にはこの作品もまたフランスとチュニジアとの交流の中から生まれたデザインに見えるのだ。  

パリ郊外には、新興の住宅街も少なくない。新しい街には、新しい歴史がつくられていき、それが人々の街への愛着へと繋がっていく。そうした街の「アイデンティティ・プレイス」にも、こうしたブーランジェリーの果たす役割は大きい。郊外の都市計画にとっても、街角づくり、そして人々に親しまれる店の立地をいかにデザインしていくかということが大切なことである。
三宅 正弘三宅 正弘(みやけ まさひろ)
肩書き:都市学者・都市計画家
経歴:
パリ19区に暮らす工学博士。都市・建築・料理などさまざまなテーマから研究を行い、2001年、最初の著作『石の街並みと地域デザイン―地域資源の再発見―』をはじめ、02年『神戸とお好み焼き -まちづくりと比較都市論の視点から―』、06年『遊山箱 -節句の弁当箱-』、09年『甲子園ホテル物語 -西の帝国ホテルとフランク・ロイド・ライト』を出版、日本経済新聞や毎日新聞など各紙の連載で、また、コメンテーターとしても、都市計画の提案を行う。現在、武庫川女子大学准教授で、4月からフランス人文科学研究館の受入教授として民族学者ジャーヌ・コビー氏のもとでフランスの都市研究を開始している。
 

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