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英仏バイリンガル幼稚園・小学校
sam 27 mai 2017

日仏翻訳が果たす役割
- 自然な形での翻訳とは

異国の本が教えてくれることは大きい。
読書によって異文化を学べるのはもちろんのこと、
国民性を知ったり、
その国の常識や知恵を学ぶことができ、
個人レベルでも、ビジネスシーンにおいても、
グローバルな交流を深めるために役に立つ。

そこで重宝される翻訳本だが、これまで日仏の翻訳本は
どのような歴史をたどってきたのだろうか?
そして文化や習慣によって生まれる言葉を、
どのように他言語で自然に訳すことができるのか?

今回は、日仏文学に関わる2人のフランス人に協力を仰ぎ、
日仏交流のために本が果たす役割や、
自然な形で翻訳するための秘訣などを伺った。
(Interview réalisée par Kei Okishima)


日仏両国の対等な交流のために
これから取り組んでいくべきこととは

Corinne Quentinコリーヌ・カンタン(Corinne Quentin)さん

トゥールーズで心理学を学ぶ。合気道を通して日本に興味を持ち、日本へ渡る。現在はフランス著作権事務所株式会社の代表取締役。フランス著作権事務所は、フランスおよびフランス語圏の書籍出版の推進を図るとともに、日本語への翻訳出版権を管理する文芸代理店。

フランス著作権事務所が創立されたのは1952年ですね。何がきっかけで創立されたのでしょうか?

ご存じのように、戦後はアメリカ軍が日本を占領していましたが、1952年から日本の会社が自由に外国の会社と直接やり取りをし、契約を結ぶことができるようになりました。もちろんこれは出版だけではなく、どんな分野でも同じです。戦前にも既に、海外の本は翻訳されていましたが、戦後、日本人はものすごく外国の本を読みたがりました。知らない世界にもう一度向かいたいという強い希望があったのでしょう。当時、フランスではサルトルなどが活躍していたので、次々とフランスの本が翻訳されるようになりました。そうなると、仲介が必要になり、当時、英語、ドイツ語、フランス語などの文芸代理店ができました。

それから長い間、日本語に翻訳されるフランス語の本を扱いましたが、十数年前から、フランス語に翻訳される日本語の本もフランスの出版社に紹介することを始めました。

どういう日本文学がフランスでは好まれるのですか?

まず文学に関していえば、これは長い間培われてきた伝統があるので、まずは純文学ですね。日本社会の仕組みなど、何かを習うことができるもの、文体が変わっているもの、面白い文学的作業を行っているもの、フランス人が読んでも共感できるテーマを扱っているものなどです。最近増えたのは、エンターテイメント系のものですね。プロットがおもしろい、びっくりさせる、わくわくさせる作品などです。

ノンフィクションに関しては、これから広げないといけない分野です。今でも少し行われていますが、歴史ものとか、日本から見た世界など、少しアカデミックなものです。私はもう少し人文科学系のものの普及が必要だと思っています。それを通し、今の日本の研究者、知識人が何を研究して、何を考えているのかということを発信するのです。

なぜかというと、フランスの人文科学は昔から翻訳されているため、日本人は結構フランスのことを知ることはできますが、フランス人は日本で何が考えられているのかを知りません。そのため、研究者が日本に行くときに対話ができないのです。相手が何を研究してきて、どういう考え方をしているのかが分からないからです。平等に両国が交流していくためには、これらの日本の書籍をフランス人が読めるようにしていかなければならないと思います。

日本におけるフランス文学の人気はどうですか?

フランス文学はここ15年くらい、あまり読まれなくなってしまい、少し厳しくなってきました。一昔前のように、フランス文学を牽引してきたような目立つ人物、作家がいれば、フランス文学に興味を持ち、さまざまな作家の作品も読んでもらえるのですが、そういうのがなくなってきましたね。フランスにまだ簡単に行けない時代には、映画と文学を通じてフランスを見ようとしてきたと思うのですが、最近は簡単に行ける時代になったため、本を買わないで飛行機の切符を買ってくるというような感じですね。また、フランス語を学ぶ人口が減ってきたというのもあります。

日本の本を読んで、影響を受けた人はいるのでしょうか?

少しずつ日本の考えなどを、取り入れようとしている人は増えているのではないでしょうか。フランスの考え方だけで研究をしていても、いつまでも発展がなく、同じところをぐるぐると回ってしまうので、外国の面白いアイデアを探している人たちがいます。世界を見るとき、日本から見るのと、ヨーロッパから見るのとでは異なります。これからの地政学を考えるときに、日本の視点を知っていることは大切です。例えば中国を見るとき、日本などの周辺諸国がどのように付き合っているのかというのを知っていた方が、フランスの見方だけを知っているよりも豊かな物の見方ができるようになるでしょうし、新しい接触方法も生み出せるでしょう。

あとは、日常的でリアルなものと、ファンタジーが合わさったり、重なり合ったりしているような作品は日本に多いですね。少し単純な言い方になりますが、日本には元々アニミズムのような文化もありますし、明治時代から西洋化を始めたために、両方の文化が混ざっているということもあるでしょう。そういうところで、西洋人にとっては共感できる部分と、新しい部分があって、刺激になるわけです。

また、日本の文化を取り入れるためのベースがよくなってきたと思います。もちろん美術の歴史をみると、ジャポニズムの時代なんかは特に日仏の間で影響し合っていましたが、どちらかというと日本はエリート層の対象でした。その後は、柔道や合気道など、武道がはやりはじめ、少しずつ層が広がってきて、そして漫画やアニメといった、消費社会に近い文化も広がってきました。

日本の作品の翻訳が過去に普及しなかった理由は?

日本では一般的に好奇心を持って相手のことを見たり、聞いたりしますが、自分の方から発言をしたり、プロモーションをしません。出版業界でもそれを感じます。仕入れたり、翻訳をしたりはしてきましたが、自分たちのオリジナリティーのある作品を翻訳されるように積極的に努力をしてこなかった。輸入は多いけれども、輸出は少ない。どちらかというと、外国任せという印象でした。

フランスでは伝統的にどんなに小さな出版社でも、マーケットはフランスだけではないという意識があり、常に外国を視野に入れてきました。それは、フランス語が世界で強かったということもありますが、それだけではなく、フランス政府も自国の文化を外国に紹介したり、売り込んだりすることに積極的だったという背景もあります。

一方、日本語は日本でしか使わないということもあり、ひと昔前までは日本の出版社は海外を視野には入れていませんでした。それでもやっていける状況にあったのですが、だんだんと出版業界が厳しくなってきたため、ここ10年くらいの間に日本の出版社の状況は随分変わりました。つまり、海外にも積極的に版権を売ろうという体制に変わってきたのです。そのきっかけの一つには漫画の普及が挙げられます。

文学を通して日仏交流をする上で、今後大切なことはどんなことでしょうか?

今は、前述のように日仏の翻訳のバランスが均等ではなく、アンバランスです。長い間、日本は輸入はしていたけれど、輸出はしておらず、大きく輸出し始めたときには、漫画やアニメという、どちらかというと年少者向けの文化でした。もちろん、幼いころから漫画やアニメを通して日本に親しみ、大人になってから留学したり日本語を学んだりする場合もありますが。ですから、エンターテイメント・商業的な作品以外の日本の文化をフランスにしっかり紹介していく必要があります。

極端に言えば、フランス人の中には、日本の知識人が書いた書籍が紹介されていないということは、日本には社会に影響を与えることのできる知識人がいないのではないかと思う人もいるわけです。日本だけではなくフランスもですが、類まれなる天才で、その人の何を読んでも新しい発見がある、というような人は今の世の中にそういるわけではありません。でも、面白い見方をする研究者がいろんな分野にいると思います。そのため、各分野での翻訳本が求められています。

ただ難しいのは、フランスでは長い間、このような日本の知識人が書いた本が翻訳されていなかったので、歴史がありません。例えば、柄谷行人が面白いことを書いているとしても、彼が参照している前の世代の人物の思想などを知らなければ、彼の言っていることをどこまで理解できるでしょうか。歴史があれば、それに基づいて新しいものを少しずつ構築できるのですが。

とはいえ、いつまでも始めなければ前に進まないので、どこかの時点で、少しずつ説明をしながら始めなくてはいけません。これには双方の努力が不可欠です。つまりフランス人も努力して、自分で理解しようという研究の気持ちがなければうまくいかないのですが、日本からも発信していく必要があります。そのためには、政府が翻訳の援助をしたり、フランスに日本の思想家を派遣して講演を開いたり、研究の発表会をする機会を設けるなど、地道に行動していくべきですね。

東日本大震災の後にフランスで、日本の作家が震災について語った「震災の列島」という本 を出版されましたね。

私は2011年3月11日は東京にいました。本当に大変な経験をしましたし、しばらくは、仕事がどうなるのかも分かりませんでした。

日本にいた人たちは、皆同じ気持ちを持っていたと思うのですが、自分には何ができるのか、ということを考えました。ボランティアに参加したり、お金を送ったりと、いろいろな活動がありますが、自分が今までやってきたことが一番自分にできることです。その中で何ができるのかを考えたときに、この本を書くことだったのです。

というのもあのとき、フランスのメディアを見ていると、本当にイライラすることが多かったのです。報道は一辺倒で、日本のエスプリは云々とか、こんな状況でも勇気を持って立ち向かっている日本人は素晴らしいとか。もちろん日本人はすごく立派だったと思いますよ。けれども、日本人はこういう運命を受け入れられるから、そんなに大変じゃないというようにも受け取れて、重みが伝わってこないように感じることもありました。日本政府はひどい、日本人は真実を何も知らないでいるという報道もありました。確かにひどかったとは思いますが、情報は飛び交っていたし、それを分析しようとしていた人もいました。メディアでは一つのイメージしか出されていませんが、日本人にはそれぞれ、さまざまな感じ方、思いがあったわけです。

そのために、ジャーナリストが取材して感じたことを書いたり、伝えたりするだけではなくて、日本人自身の生の声を聞かせたいと思ったのがきっかけです。3月末から9月くらいまで、いろいろなものを読みました。この過程は、何が起きているのかを知りたいという、ある意味で私自身の治療のためだったのかもしれないとも思います。そして二十数名の作家の翻訳をまとめて出版しました。このようなタイプの本がなかったので、とてもよく売れました。今度は、もっと落ち着いてこういうものを作り、ジャーナリズムとはまた異なる、日本人の生の声をフランスに届けたいですね。

 

作者のイメージしたものを
他言語で表現し直す翻訳の仕事とは

14年間の日本滞在中に早稲田大学や東京大学で学び、帰国後は翻訳業に携わるパトリック・オノレさん。小説に限らず児童書や絵本、漫画の翻訳も手掛ける。日仏翻訳において、どのような難しさがあるのか、そしてそれをどう解決していくのかについて伺った。

Patrick Honnoréパトリック・オノレ(Patrick Honnoré)さん

1988年エクサンプロヴァンス大学文学部を卒業し、89年4月〜2003年3月まで日本に滞在。フランスに帰国後、日本現代文学、児童書・絵本、マンガなどの翻訳に携わる(100冊以上)。07年にアングレーム国際漫画祭最優秀作品賞受賞( 水木しげる『のんのんばあとオレ』)、10年に第17回日仏翻訳文学賞(小西国際交流財団主催)受賞(リリー・フランキー『東京タワー、オカンとボクと、時々、オトン』)、14年に児童文学Prix Livrentête賞を受賞(いわむらかずお『栗栖ちくりん』)

翻訳をするとき、どこまで原作に忠実であるべきだと思いますか? 例えば、日本語で長い文章の場合、フランス語でも同じように長い文章にするのでしょうか?

文章の長さの問題ではなく、文体、スタイルの問題ですね。例えば、リリー・フランキーの「東京タワー」を訳したのですが、たまにすごく長い文章が入っています。一般的にフランス語で長い文章を作ると、美しく、文学的で、ハイクラスなフランス語になりますが、「東京タワー」の文章は、とても口語的で、日常的な文章。長い文であることで、リアルな感じが出てくるというものでした。そうなると、長い日本語をそのまま長いフランス語にしたからといって、意味が同じになるわけではありません。リアル感、そして口語的にするためには、逆に短い文章にした方がいいこともあります。これが大学の先生だったら、文章はここまで続くのだから、そこまで訳さなければならない、と言うかもしれません。でも僕はそう思わない。まずその文章のリズムを見ます。文章的には長いかもしれないけれど、リズムはエネルギッシュでスピード感がある。リズムを読んで、そのリズムを訳すことで、翻訳といえると思います。その結果短い文章だったとしても、リズムとエネルギーの感覚が同じだったら、構わないと思うのです。

それでは、言葉自体は省略することはないのですか?

そうとも限りません。小説は言葉が頼りですが、作家は日本人が読者だという前提で作品を書いています。そのため、日本人が当たり前だと思っていることをわざわざ説明しませんが、その文化を知らないフランス人にとっては、全く異なることを想像してしまうこともあります。作家が何を考えた上でそのように書いたかということを解釈しないと、内容が伝わらないと思います。だから日本語の文章がシンプルだったとしても、場合によっては形容詞を変えたり、分かりやすくするなどの工夫をすることが多いです。もちろん逆に、フランスでは当たり前に知られていることの場合には、原文で説明していることを省略することもあります。そうでないと、重すぎる文章になってしまうからです。

例えば、時代劇の言葉や雰囲気などは、どうやって表現するのでしょうか?

ケース・バイ・ケースですね。前述のように、そもそも作家が考えてもないような読者が新たなターゲットとなるわけですから、もともと翻訳というのは不自然な作業です。だから100%伝えようとは考えません。全部伝えるというよりも、間違えないようにすることを優先します。例えばフランス人が時代劇を読んだときに、フランス人の頭で勝手に広がる想像をコントロールするようにすれば、それだけで十分な場合もあるのです。文法というのは、言葉を勉強するためにあるものですが、翻訳は必ずしもその文法通りに文章を一文ずつ正確に訳すわけではありません。むしろ、ワンシーンが翻訳の単位と考えたほうがいいでしょう。つまり、主語がどれだとか、動詞がどういう形とかいうことよりも、あるシーンがあって、それをどういう風に表現すればいいか、というのが翻訳のやり方だと思うのです。

基本的に翻訳の仕事は、作者がイメージしたことを、言葉で書き換える仕事なわけですが、作風により、翻訳の仕方も変わります。すごくビジュアル的に書く人もいれば、言葉のリズムとか、言葉の音、響きで書く人もいます。作品を読んで、作者がどういう気持ちで、どんなポジションでいるのかをまず判断してから訳します。例えば、山田風太郎の作品にしても、時代劇であるにせよ、ただのサムライの話ではなく、昭和30年代の日本の社会に対して何かを訴えています。そういうところを理解し、読者にどういうメッセージやユーモアを含ませるかということになるのです。

翻訳者はどこまで作者の意図を汲むべきでしょうか?

読者がどこまで理解できそうか、ということはある程度意識しているつもりですが、ジョークを説明しても面白くないのと同じで、全てを説明してしまうと、読む楽しみがなくなってしまいます。ですから、翻訳者は読者にいくらかの仕事を残しておいてあげないといけません。その結果、読者が実際に理解するとか、感動するとか、あるいは嫌いで途中で止めてしまうとかは、それは読者の責任だと思います。日本人が日本語で小説を読むときだって、どこまで理解できるかというのは、その人によりますよね。私は日本の文学が好きで仕事をしていますが、素晴らしいものだから、どうぞ好きになってください、とは思っていません。こういうものがありますよ、という提案をする気持ちですね。

「お茶が入りました」など、日本独特の謙虚でしなやかな言葉に主語を入れて、「私がお茶を入れました」とすると、ニュアンスが変わってしまいませんか?

主語を入れないとフランス語にならないのでもちろん入れますが、主語を入れたとしても、日本語でいう「私がお茶を入れました」というような、強い意味にはなりませんね。つまり、日本語に主語を入れるような違和感はないのです。重要なのは、主語がある、ないということではなく、それがどういう場面なのかを想像し、その状況で自然に発せられるフランス語をつむぐことです。

主語に関していえば、会話の中で主語を変えることはあります。文法的には受身になるけれど、フランス語で受身にすると不自然な場合ですね。主語を変えると、同じ意味で自然な会話になることがよくあります。

例えば漫画でいえば「まさか!」など、日本語では短い言葉で表現できることが、フランス語だと長くなることもありますよね?

そんなこともありません。辞書を引いてそのまま訳せば確かに長くなるかもしれない。でも、フランス人が「まさか!」という驚いた状況のとき、どのような言葉を発するか? と考えたら、そんなに長い文章にはならないわけです。もし辞書の通りに訳すならば、あと数年で私の仕事はなくなりますよ。インターネットでも、無料の翻訳システムがたくさんありますから。

漫画翻訳において、擬音語、擬態語、苦労しませんか?

これは本当に難しいです。日本の漫画は、映画とかビデオだと考えれば分かりやすいです。ドアを開けると「ガチャ」と書く。別に「ガチャ」と書かなくても絵を見れば分かるのですが、確かに実際には音が出るわけですね。

フランスの漫画、つまりバンド・デシネ(BD)は、映画ではありません。つまり、ドアが見えるわけですから、わざわざ音を書きません。ただ、日本の漫画を訳すときに、何も書かないわけにはいかないので、「clic」とか「clac」とか書きますが、実は奇麗ではないなと思っています。その他にはときどき言葉を作ることもあります。例えば、フランスで車の音を表わす擬音語はありますが、どちらかというと、子供が遊ぶときに使うような言葉で、子供っぽい響きです。そのため、青年漫画には使えず、自分で言葉を作って表現することもあります。また出版社によっては、日本語そのままにしておいて、小さくフランス語の訳を入れるところもあります。最近はこの方法がトレンドですね。


 

2014年のノーベル文学賞に
フランスのパトリック・モディアノ氏が決定

Patrick Modiano9日、フランスの作家、パトリック・モディアノ氏(69)が2014年のノーベル文学賞を受賞した。授賞理由は、「とらえにくい人間の運命を再現し、占領下時代の世界を彼の芸術的な回顧の仕方で明らかにした」こと。

モディアノ氏は1945年にパリ郊外のブローニュ・ビヤンクールで誕生し、68年に「La Place de l'Étoile(エトワール広場)」で小説家デビューを果たした。その他にも72年に「Les Boulevards de ceinture(パリ環状通り)」でアカデミー・フランセーズ大賞、78年には「Rue des Boutiques Obscures(暗いブティック通り)」でゴングール賞を受賞した、フランスを代表する作家。フランス人のノーベル文学賞受賞は2008年ジャンマリ・ギュスターヴ・ル・クレジオに続く快挙。今回の授賞により、フランス人の同賞受賞者数は15人となった。

パトリック・モディアノの作品を読んでみよう

Dans le café de la jeunesse perdue、Patrick ModianoDans le café de la jeunesse perdue
Folio社(09)
ISBN-13: 978-2070361243
日本語訳:失われた時のカフェで
作品社(11)
ISBN-13: 978-4861823268
解説:1950~60 年代のパリ。難しい幼少期を過ごし、結婚で失敗したルキは夫の元を離れ、パリのカフェに出没するようになる……。
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Rue des boutiques obscures、Patrick ModianoRue des boutiques obscures
Folio社(82)
ISBN-13: 978-2070373581
日本語訳:暗いブティック通り
白水社(05)
ISBN-13: 978-4560027257
解説:私立探偵のギイは、15 年前の不可解な事故で失くした記憶を取り戻すために、自分のアイデンティティーを探す旅に出る……。
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