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ロンドンのゲストハウス
dim 28 août 2016

辻 仁成 特別寄稿
このテロとの戦いの出口はどこか?

TSUJI HITONARI
東京都生まれ。1989年「ピアニシモ」ですばる文学賞、97年「海峡の光」で芥川賞を受賞する。99年「Le Bouddha blanc」(「白仏」のフランス語翻訳版)で、フランスのフェミナ賞の外国小説賞を受賞。執筆活動以外にも、ミュージシャン、映画監督など、多岐にわたり活躍する。現在パリ在住。

オランド大統領が宣戦布告したISとの戦争がいつ終わるのか、そのことを考えない日はない。日本の知人たちからは、「なんでそんな危険な場所にいるんだ、早く帰って来いよ」とよく言われる。学校への道すがら、そのことを息子に伝えると、彼は少し困惑した表情で「大地震がいつ来るか分からない東京といつテロが起こるか分からないパリと、リスクにどんな違いがあるの?」と呟いた。「どこにいたって、安全なんかないじゃん」と付けたし、彼は校門の中へと消えた。息子は、テロと震災を単純に比較したのではない。一方側からの発言の安易さへのジレンマなのである。東日本大震災の折、東京や東北の人たちに向けて、「今すぐ日本を出ればいいじゃない」と発言した海外在住組と同レベルの意見である。人間が生きるということはそんなに単純なことだろうか、と考える。


オランド大統領が言うように、もし今が戦時下であるなら、私は生まれてはじめて戦時下というものを経験していることになるし、この新しい形式の戦争の中で考えなければならないことは無限にある。まず、どうやったらこの憎しみの連鎖を終わらせることが出来るのか、ということであろう。ISのパリへのテロ攻撃の後、フランスやロシアやアメリカは報復空爆に出た。しかし、空爆だけではISとの戦争の解決にはならない。もちろん、現時点での報復の必要性は十分理解出来る。しかし、誘導装置のないロシア製ミサイルで1300人が死んだ。このうちシリアの民間人が400人含まれていることを忘れてはならない。話はつねに、これからも、いつまでも、もっと複雑であり続ける、ということだ。空爆が増え、シリアの民間人がどんどん死ねばそこから先進国憎しという感情がさらに生まれる。ISはそれをも計算し、撃ってみろよ、殺してみろよ、と煽っている。地上戦のリスクを回避するために、空から爆弾だけを落とすことが結局は無実の犠牲者を増やし、憎しみの連鎖を強大化させていく。


もっとも、今すぐにISの息の根を止めないと危険なのは承知している。しかし、ならば、2006年に生まれたばかりのISをここまで野放しにしてしまった責任は誰にあるのか?難民問題で揺れる欧州だが、今回のテロにより、各国の右傾化は免れず、「シリア難民の安住の地はどこ?」と人々は答えの見えない混乱を繰り返し、メビウスの輪に陥る。空爆はさらに難民を増やすばかりか、行き場を失くした難民たちの中に次のテロリストを生み、欧州のあちこちにテロの温床を形成していく。仮にシリアでISを追い込んだとして、第二、第三のISを生むだけではないのか?


空爆の一方で、先進国の主導者はこの複雑な問題の根本的解決へ向けた議論をはじめなければならないが、ロシアと西側との間にはアサド大統領をどうするか、という悩ましい問題が横たわる。アサドをシリア解放の足かせと考える西側と、アサド政権の存続を支援するロシアの思惑の違いだ。先のG20の折、オバマ大統領とプーチン大統領がロビーのソファ席で前傾になり密談した。この非公式な短い会議の後、フランスとロシアが協調関係をとるかの動きが生まれた。ロシアはそれまでかたくなに否定してきたロシア旅客機爆破へのIS関与を認め、報復攻撃を即座に行った。仏米露の思惑が一致したかに見えた瞬間であった。


ところが、トルコ軍機がロシア軍機を撃墜し事態がさらに急変。フランスとしてはNATOの集団的自衛権を行使し、IS壊滅に欧州軍を巻き込みたかった。だから、オランド大統領は13日のテロ後即座に、これは戦争だ、と発言したのであろう。けれども、NATOの一員であるトルコはもともとアサド政権を支援するロシアに警戒感を強めていた。ロシアの空爆はむしろシリア反体制派に向けられており、ロシア軍機は度々、あのルートを飛行していた。トルコは容認できなかった。トルコのロシア軍機撃墜は意図的だったのじゃないか?ロシアはIS壊滅より、アサド延命に力を入れており、西側と本来組むことが出来ない。トルコの暴走はロシアへの釘、西側への喚起であった。IS壊滅作戦の裏側に滲む各国のシリアへの思いが、この問題をさらに複雑化させている。ロシアはすぐさまトルコに経済制裁を行った。しかし北米の制裁で低迷するロシアにとって、トルコへの経済報復は逆に経済の悪化を招くことになるかもしれない。(11月25日現在)


ともかく、それとは別の角度でも、私はこのIS包囲網について疑問を持っている。仮にNATO、アメリカ、ロシアや周辺国が一致団結したとして、この勢力がISを崩壊させる大きな一手になりうるのか、という疑念である。先進諸国が戦争していると言い張るISという国そのものが幻想なのじゃないか?この国際テロ組織は、映画「007」などに出てくる悪の国際的シンジケートにその態が似ていないだろうか?ISは、子供たちがゲームの中で遊ぶ、空想の国。過激思想を持った若者たちには国家樹立の夢など重要ではなく、彼らは過激イスラム思想の中に自分たちの幻の祖国を樹立してしまったのではないか?だとしたら有志連合軍がシリアに攻め込んでも、奪還出来るものなど砂漠だけ。バクダディ容疑者を殺害しようと、ISが首都と主張するラッカを占領しようと、この国際テロ組織ISの息の根を完全に止めることは難しいのではないか。若いテロリストたちの心の中にそういう国が存在するようになってしまったとしたら、出口は更に遠ざかる。サダムフセインやビンラディンを殺害して終結したような気分に浸れたあの時の最後とは根本が違っているような気がしてならない。


フランスの警察が持っているリストの中にISへの忠誠を示しそうな予備軍が一万人いる、と聞く。アノニマスがISを攻撃したことに対し、IS側は鼻で笑ってみせた。アノニマスなど所詮いいとこのお坊ちゃん集団、自分たちの方が技術力は上、やれるものならやってみろ、と彼らは自負してみせた。バタクランを襲撃した若者たちは20代、そんな彼らを生んだのは、貧困や格差であろう。特に問題なのは、欧州で生まれ、差別感や疎外感を持ち続けた若者たち。彼らの深く強い憎しみは平和や成功、或いは欧米人が謳歌する自由へと向かっている。13日のテロの標的が、シャンゼリゼではなく、バタクランであった理由に繋がる。アメリカのロックバンドの演奏に集った普通のフランスの若者たちへと向かった。自由を根本から破壊することが彼らの「生きた」意味だ。その根っこには、彼らの癒し難い絶望があることを忘れてはならない。


現時点では空爆でISの弱体化を目指すしか手はない。けれども、足元の犠牲者の姿が見えない空爆、そこに頼る昔の戦略家たちに、私は一抹の不安を覚える。次のジェネレーションである我が息子が、これからもこの世界で生きていかなければならないのだから、親としてはその出口を探りたい。フランスの親たちは誰もが未来へと続く出口を探している。終わりの見えない沼地への入り口ではなくて…。

 

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