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dim 23 juillet 2017

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フランスと原子力

19 avril 2011 更新

原子力の歴史

1896年、仏物理学者アンリ・ベクレルが放射線を発見。その2年後、マリー・キュリーが「radioactivité(放射能)」という言葉を生む。このように、1890年代から第2次世界大戦前まで原子力研究はフランスで熱心に進められた。

1945年、仏共和国臨時政府は、原子力の開発・応用を推進する原子力庁(CEA)を創設することを認可。科学や産業、軍事などのさまざまな分野で原子力を有効利用するための科学的、技術的調査を行うことが目的だった。47年には、 原子物理学者フレデリック・ジョリオ=キュリーらが仏初の原子炉「ゾエ」の開発を成功させる。

オイルショック後の74年、メスメル首相はフランスの電力を原子力により供給する巨大計画を発表。それまで輸入による石油に大部分の電力を依存していたことを改め、国内で電力をまかなえる原子力政策の転換を図る。この計画は、85年までに80、2000年までに170の原子力発電所を国内に建設するというもの。01年には、 CEA主導の下に原子力産業複合企業アレバが誕生し、更に原子力産業が推進される。09年の時点で、全19の原発において稼働している原子炉58基を仏電力公社(EDF)が運営し、国内の電力の約78%を原子力により供給している。

また、1970年に発効された核拡散防止条約(NPT)でフランスは核兵器保有国となった。2008年、サルコジ大統領は保有する348の核兵器を300に減らすと公言している。

原発事故

仏国内で起きた最初の原発事故は1969年10月。サントル地方サンローラン原発で燃料のウラン50kgが溶解した。これは国際原子力事象評価尺度(INES)のレベル4に当たり、現在までで仏最大の原発事故とされる。99年12月の嵐でジロンド川が氾濫し、アキテーヌ地方ブライエ原発の運転を急停止した事故は、INESのレベル2。「運転制限範囲からの逸脱」というレベル1の事故は、2006年に114件、07年に86件国内で起きたと、08年7月、ボルロー環境・持続的開発・計画相は話した。

世論

調査会社OpinionWayによると、2011年4月現在、フランス人の57%が原子力発電に反対する。また、建設から40年以上を経たアルザス地方のフェッセンハイム原発は、フランスと隣国ドイツの人々によって閉鎖を迫られ、4月12日ストラスブール市議会で廃止決議が可決された。

 


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