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Thu, 30 June 2022

シティを歩いていますと、時々地上より少し低いところにある沈床庭園(サンクン・ガーデン)を見掛けます。それは方形で平坦な小区画を生垣などで囲み、噴水や花壇が幾何学模様に配置された庭です。英国では17世紀後半、オランダ出身のウィリアム3世とその妻メアリー2世がハンプトンコート宮殿にオランダ式庭園の一部として沈床庭園を造りました。それに倣ってケンジントン宮殿にも20世紀初頭に作られています。

ケンジントン宮殿の沈床庭園ケンジントン宮殿の沈床庭園

オランダは国土が狭く人口密度が高いので広大な庭を望めません。浅く掘り下げた庭に運河のような人工池を作り、その周囲を彩色豊かな花壇や、彫刻に似せて植物を刈り込んだトピアリーで囲むことで、緻密なデザインと土地や光の有効利用を両立させています。ルイ14世の築いたヴェルサイユ宮殿のフランス式庭園のような壮大さはありませんが、日常生活から分離した感性豊かな庭園は周囲の眺望を遮ることもありません。

シティにある沈床庭園シティにある沈床庭園

ところで英国の庭園の境界線には隠し垣(サンクン・フェンス)という下に沈んだ垣根がよく使われています。庭園の境界に高い塀を立ててしまいますと折角の眺望を失います。そこで境界に溝を掘って擁壁を築けば侵入防止になりますし、庭園とその周辺が連続した景観に見せることができます。もともと家畜の放牧地の境界線に溝を掘り、柵や生け垣を植えていたものを景観保護のために庭園の境界として利用したのです。

隠し垣 Ha-haの仕組み隠し垣 Ha-haの仕組み

この隠し垣はHa-haと呼ばれ、その語源は隠し垣の構造をみて「なるほど」と納得したときの感嘆符だといわれています。かつてケンジントン・ガーデンズとハイド・パークの境界線にこのHa-haが使われていました。もともと隣接するハイド・パークは16世紀に作られた王族の鹿狩場でしたが、1689年から王族がケンジントン宮殿に住むようになり、その庭園拡大を図りました。ハイド・パークの土地を獲得し、1728年にHa-haが作られたのです。

ケンジントン・ガーデンズとハイド・パーク境界線のHa-haケンジントン・ガーデンズとハイド・パーク境界線のHa-ha

最後に、ロンドン東部のウーリッジ・コモンにHa-ha Roadがあります。1774年に王立砲兵連隊兵舎が、付近で放牧されている家畜が侵入して来ないようにHa-haを作りました。現在は兵舎が移転し、広場に沿ったHa-haの横を通る道路が出来ています。過去の経緯を知らない人は道路名「ハハ通り」を見てどんなことを思うでしょう。まさかHa-haが景観保護の機能を備えた沈床庭園と関連があるとは想像できないでしょう、ハハ(笑)。

Ha-haが道路名になったHa-ha RoadHa-haが道路名になったHa-ha Road

*お詫びと訂正: 前回コラムで、日英交流400年を記念したコインについて英国で2013年に発行されたと書きましたが、正しくは「英国王室承認の下、セントヘレナで2013年に発行」です。

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シティ公認ガイド 寅七

シティ公認ガイド 寅七
『シティを歩けば世界がみえる』を訴え、平日・銀行マン、週末・ガイドをしているうち、シティ・ドラゴンの模様がお腹に出来てしまった寅年7月生まれのトラ猫


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